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126. 父母の供養を怠った石狩の兄弟の話

話 者:川上まつ子
資料番号:34725
収録日:1987年9月11日
「私」:石狩川中流の大きな村の一人息子
翻 訳:遠藤志保
サンプル音声

<あらすじ>

 わたしは、石狩川の中ほどの村で、一人息子として、大切に幸せに育てられていました。

 あるとき、父親にこう言われました。

 「石狩川の浜近くの村に、とても仲のいい友達がいて、よく互いの家を行き来したものだ。その友達が『お前の持つ宝物を少し、俺に貸してくれ。そうすれば、その宝物が縁になって、今以上に仲良くなれるから』と言う。そこで、貸してやり、なおさら仲良くなったのだが、そのうち、色々あって遊びに行けなくなってしまった。自分だけの宝物なら、あげてもいいけれど、先祖からの預かり物だから、返してもらわないと親に申し訳ない。だから、お前に宝物を取りに行ってほしい」

 そこで、海岸近くの大きな村へ行きました。村長の家と思われる家に行ってみると、若い兄弟だけが住んでいました。家に入れてもらい、挨拶をすると、母親も死に、父親も1年も前に死んでしまったということです。

 用件を言うと、その兄は、「宝物を借りたなんて、聞いていない。絶対にない話だ。だが、死んだ父親の墓の場所を教えるから、お前が明日そこに行って、父親の着物の裾でも袖でも持って来られれば、本当に借りたものだと思って返そう」と言います。

 仕方なく、その日はそこに泊まり、翌朝、教えられた墓に向かいました。けれど、墓の方へ行こうと思っているのに、見当違いの方へ歩いてしまいます。何かに引っ張られるような気持ちで、川なりに上流へ向かいました。

 やがて、岩山が見えました。その山の中ほどに、どうにか人が入れそうなほどの穴が見えます。わたしは、岩山を登り、穴の中に這うようにして入りました。

 穴を抜けると、明るいところに出ました。きれいな川も流れていて、川岸には大きな村があります。その村から離れたところにある家に行きたくなりました。家の前に立つと、老人の声に招かれて、遠慮しながら入りました。

 すると、自分の父くらいの年齢の人がいます。立派だけれど、ひどく青ざめた顔でフラフラしていました。

 その老人は、わたしに「お前にどうしても頼みたいことがあって、ここまで来てもらったのだ」と、次のような話をしました。

 「わたしは、石狩の浜の村のもので、お前の父親と本当に仲がよかった。そして、縁故となるように宝物を借りていたが、返しに行こうと思っているうちに、妻がちょっとした病気で死に、やがて自分も死んでしまった。自分が生きていたときには、妻にも先祖にもいろいろな食べ物を供えていたのだが、わたしが死んでから、自分の息子たちは何ひとつ、こちらに送ってくれない。そうして食べ物がなくて、こんなに弱ってしまったのだ。食べ物を送らない息子たちが憎たらしいので、お前のようなしっかりした人に、ここまで来てもらって、息子たちに罰を当ててもらいたい。この魚を持って帰って、息子らに食わせてほしい。そうすれば、息子たちは化け物になってしまうだろう。そして、お前は、わたしの宝物のうち上等のものを自分のものとして自分の村に持ち帰ればいい。そして、お前の代だけでもいいから、わたしたちを祭って食べ物を送っておくれ」

 そう言って、魚を渡しました。わたしは、魚を持って穴を戻って行きましたが、「あれほど立派な人の子孫を絶やすのは、かわいそうだ。自分が息子たちに説教してやろう。それで心を入れ替えないようだったら、それからでも罰を当てよう」と思い、魚を後ろに放り投げて手ぶらで穴から出ました。

 兄弟の家に戻りますと、わたしは兄の髪を引っつかみながら、

 「お前たち、ちゃんと親の供養をしていたか? わたしは、お前の親に呼ばれて話を聞いてきたんだぞ。親も神も粗末にして祭らなければ、罰を当てるぞ」

 と言って痛めつけました。兄は、

 「言われて初めて親を粗末にしていたことに気づきました。これからはしっかり供養するので、許してください」と言います。弟も謝ります。騒ぎを聞いて集まった村の人たちは、「親の供養を忘れる者は村を出て行け」と怒りますが、兄弟が「これからはきちんと供養をする」というので、許すことにしました。それから、村の人たちと一緒に盛大に供養をしました。

 その晩、兄弟の家に泊まっていると、夢の中に、あの老人が出てきて、「お前のおかげで助かった」と何度もお礼を言いました。

 翌朝、わたしの親が貸した宝物を持って帰るときには、兄弟が船で送ってくれました。帰ってから、父親に事の次第を話しますと、父は大いに驚き、怒りました。

 それからは、お互いによく行き来するようになりました。わたしも、あの兄弟たちも嫁をもらい、子供を授かりましたが、わたしは自分の先祖と共に浜の先祖も供養しているためか、守ってくれているらしく、幸せなことばかりでした。

 だから、子供たちよ、「死んでしまったら何もやらなくていいんだ」とは思うなよ。死んだ者を丁寧に供養することくらい、幸せなことはないのだから、と言い聞かせて死にました。



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