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112. クマにあってぺウタンケ(危急の叫び)をした話

話 者:川上まつ子
資料番号:34716、34717
収録日:1986年9月27日
「私」:川上まつ子さん自身
登場人物:川上まつ子さん 夫 娘 クマ コゴミ アワ
翻 訳:北原次郎太
サンプル音声

<あらすじ>

 私は沙流川のほとりで生まれ、この年までずっとペナコリで育ったものです。若い頃、コゴミを取りにペナコリの奥に行ったところ、たいそうコゴミが生えているところがありました。よくみると、そこはいい畑になりそうな土だったので、夫と娘と3人で畑をつくりに行きました。

 木を切って運び、運べないものや小枝はそこで燃やしました。ようやく畑になりそうな広さまで開墾したころ、ふと気が付くと谷の底のほうでなにか大きなものが歩く音がします。夫に「クマでないか」というと、夫は「きのこ取りに来た人だろ」といってまともに聞きません。見てみると、あたりに古い炭焼きの道がたくさん残っていて、そのうちの1本を通って本当にクマが登ってきていました。「ほらほら!クマだ」といっても、夫は座ったまま振り向くのでよく見えません。夫をせかしてようやくクマだとわかったところで、どうしたことか夫が大きな咳をしたので、クマもこちらに気づいてしまいました。女の子は、切り払った枝の山に登って遊んでいましたが「こっちへおいで!」といってもなかなか来ません。「クマが見えないの?」としかると「しっぽのない大きな黒い犬がいる」などといっています。ようやく降りてきたので火の側に座らせて、恐いものなのだと言い聞かせました。

 クマはこちらをうかがっていましたが、木を燃やした煙が立ち込めていてこちらがよく見えないようです。峰の先端までいって、こちらが見えたようでしたがそれきりそこに座ってなにかしています。まだ若くて目がよかったので、よく見てみるとクマは毛を逆立てて怒っているようでした。恐ろしくて火の側に座り込んでいたのですが、その間に小さい頃おばあさんに聞かされた話を思い出しました。おばあさんは「お前も大きくなったら山で仕事するだろうから、なんでもばあちゃんの話を聞いておけば役に立つから」といって色々な話をしていました。「クマに会ったら、急に逃げればクマも飛びかかってくるから、動かないでいなさい。クマがにらんできたら、にらみ返して、それでもクマが行かなかったら助けを呼ぶ声を出しなさい。急に大きく出すとクマも驚くから、少しずつ声を大きくしていきなさい。遠くの村まで聞こえるくらい声を出したら、クマも後ずさりしていくから。それから逃げなさい」といっていました。

 おばあさんの若い頃はみなそうしていたからクマの方でもわかっただろうが、自分は助けの声を出したこともないし、今のクマにわかるだろうかと思いながら、火の神様にお祈りしていました。クマは辺りを見たり考え事をしていましたが、やがてこっちへ歩き出しました。私はうまくいくかどうかおばあさんの言ったとおりにやってみるしかないと思って立ち上がりました。かえってクマを怒らせるかもしれないけれど、低く声を出してみました。やり方もわからないし、恐くて声もでないけれど、だんだん声を大きくして繰り返し声を上げました。クマは少し身震いしていたが、また座り込んでずっとそうしていました。ずっとそちらをにらみつけて、村まで聞こえるほどに声を上げ続けていると、ようやく立ち上がって身震いしてから山の方を向き、両足で後ろをけってこちらに土を撒き散らしながら、尾根にそって上っていきました。

 クマが上っていく間は立ったまま後ろ姿をずっとみていましたが、クマが見えなくなってしまうと、立っていられなくなりました。夫は「おまえのおかげでしばらくどこかに行ったようだ。いまのうちに逃げよう」と言いますが立てません。女の子は沢の下の方に降りて行ってしまいました。「なんとか生きて帰ったらしかってやりたい!」と思いながら、その後を歩こうとするのですが歩くこともできず、おしりでずって沢の下へおりました。夫は「またクマが来るかもしれないのに!」としかりながら私の手を引いて本流の方まで降りると、草を水にひたしてそれで私をたたきました。それでようやく我に返って歩けるようになりましたが、まだ早くはあるけません。女の子は先にいってしまい、夫は私を振り返って声をかけながらなんとか村まで降りました。

 その晩、夫の姪の夫が亡くなったという電報が来たので、翌日そのことを知らせに荷菜まで下がって、2,3日そこにいました。夫が置いてきた道具を取りにいくと、あの後は何もこなかったようでした。私も様子を見に行くとすべてもとの通りでした。もう、畝をつくって種をまくだけというところだったので、もったいないので恐がりながらも粟を背負っていきました。夫が畝を作るあとから種をまき、終わるとすぐに逃げてきました。

 夫はそのあとすぐに遠くへ仕事に行ったので、一人で様子を見に行くのもこわいので行かずにいました。しかし、家のそばのアワも大きくなったので、せっかく怖い思いをしてつくったアワを見たいと思いました。だめならあきらめもつくと思って、おばとふたりで大きな袋をしょって行ってみると、沢にころがした木を覆うようにタモギタケが生えていました。それを採りながら注意しながら畑に行ってみると、前にまいたアワが見事に育っていました。

 そのうち、夫が1晩だけ帰ってきてすぐに畑にいってみると「とてもよく育ってる」といっていましたが、一人では行きたくないのでそのままにしていました。秋になって、もう実が入ったころだと思いましたが行かないでいました。夫がまた様子を見に行って「いま刈らないと霜がおりてだめになるから、明日刈りに行こう」というので、かますを6つと、それでは足りないと大きなこだしを持っていきました。いってみると、びっしり実が入って石のようにかたくなっていたので、いっしょに刈り取りました。5つのかますはいっぱいになり、大きなこだしにも入れて6袋収穫しました。その沢までは馬が入れなかったので、本流の底まで転がして降り、そこからは夫婦ふたりで1つのかますを運び、なんとか帰ってきました。

 翌日そのアワを見た人々は口々にほめ言葉をいって笑いあいました。そうして、1年アワをまいて次の年は畑仕事をしなくても食べられるほど収穫があったということを昔話にして言ってるんだよ。



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