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110. ペッラサンペに取られそうになった男の子

話 者:川上まつ子
資料番号:34716
収録日:1986年9月27日
「私」:男の子
登場人物:男の子、両親、近所の子どもたち、ペッラサンペ(鳥の姿をした化け物)
翻 訳:北原次郎太
サンプル音声

<あらすじ>

 私は大きな村で、父母に育てられて暮らしていた。私は一人っ子で、大変な可愛がられかたをしていた。

 父母が山へ仕事に行くと、いつも一人で遊んでいた。大きな村なので同じくらいの年の子どもがたくさんいるのだが、どうしたわけか遊びたくない。ほかの子が寄って来ると家のなかに逃げて隠れ、いなくなるとまた一人であそんでいた。父は「同じくらいの子がたくさんいるのにどうして遊ばないのだ。一人でいたらさびしいもんだぞ。いじめられでもして、遊びたくないのか」というが、私は「ただめんどうなの」と答えていた。

 すこし大きくなると、家のそばにいて子どもたちにまとわりつかれるのが嫌なので、一人で川へくだって釣りをした。そうすると誰にも会うことがなくて気分がいいのでいつも釣りをしていた。母も「そんなことしなくたって食べるものないわけでないのに、どこに小魚とってきて、何するってそんな一人で」といってしかるのだが、なんとも思わずに過ごしていた。

 ある日、いつものように釣りをして、ふと川下を見ると、なにか葉っぱのかたまりみたいなものが、飛ぶこともできず、歩くでもなく川の浅瀬を転がってやって来るのが見えた。「なんだろう。鳥なら飛ぶだろうに、どうしてあんなふうに転がってくるのだろう」と思って、釣り針にひきがあるのをあげもせず、そっちの方をにらんでいた。

 そばまで来てみると、なにかぼろを手でもんで糸のかたまりをこさえたみたいな、へんてこなものであった。それがそばに来たとたん、急に腹が痛くなってどうにもならなくなった。腹が痛くて、川原に倒れて転げまわって苦しんだ。子どもたちを遠ざけたために辺りには誰もいないし、父も母も川原に来ていることをしらない。どうしようと思って転げまわっていた。

 そうしているうちに、すこしずつ腹の痛みがおさまりだした。腹の痛みが止まっている間をみて、家の方へ小走りにかけた。ちょっと行くとすぐにまた腹が痛くなって泣きながら転げまわった。ちょっと治まるとまた走って、そうしているうちに家の外にたどりついたが、また腹が痛くなって家に入ることもできずにいた。

 その日、父は山にいかずに家で休んでいた。私が庭で泣きなら転げまわっていると飛び出してきて「いったいどうしたのだ」というのでわけを話した。父は「こういうことがあるから言ったのに、お前は聞きもしないで。みんなと遊んで、一人でいなければ魔物に病気にされることもなかったのに、これだ」といって私をしかった。私の手を引いて起こすと「タクサを作るから待っていろ」というと庭の端にいって枯れたヨモギとタチイチゴを選んでタクサを作った。それを祭壇のところへ置くと、またタクサをつくって、便所のところでタクサをもって舞いながら祈り言葉をとなえた。それが終わると私をタクサではげしくたたいて祓いながらまた私をしかった。そしてそのタクサは便所の裏に捨て、こんどは祭壇のところへ私を連れて行った。そして「どんなに腹が痛くても、お祓いが終わるまで立っていなさい」というとまたタクサをもって拝礼のしぐさをしたり舞をしたりして祈り言葉をあげ、それが終わるとまた私をタクサでたたいた。すると、それまで厚い皮を被せられているように体が重く、動くこともできないような気がしていたものが、その皮をはがされたように体が軽くなり、腹の痛みもなくなってしまった。しかし、父は私を家に入れず、家の側に立っているものすごく大きな木のところへ連れて行ってそこでも私をたたき祈りをあげた。川にも連れて行って、私の釣り道具をみな川へ捨てて流してしまった。それからそこでも祈り言葉をあげ、ひざくらいの深さのところに私を立たせて、それからタクサを持って川の下手上手へいき、水草の中をくぐらせて、それで私をたたいた。はげしくお祓いされて、そのタクサを流すと「さあ、顔を洗え。手もきれいに洗え」といった。

 そうしてから私をつれて家にもどると、その間に母も帰った。そして父が「ちょうど家にいたからすぐに祈りをあげてお祓いをしたのでなんとか大丈夫だとおもう」と母に言うと母も泣きながら私をたたいて「こういうことがあるから親のいうことは聞くものなのに聞きもしないで。子どもたちと遊んでいればこういうことにならないのに、お前に何かあったらどうするつもりだ。これからからそういうことしていたらたたくからね」としかった。それからようやく家に入れてもらえた。

 次の日からは、子どもたちが来ても自分からかけていって一緒に遊んだ。それからも父は時々私のことで祈りをあげていた。少年になったころ、父はこういった。「ペッラサンペというとても恐ろしい魔物、これは川原にいてそれを見た人間は命が縮まるか生きていても運が悪くなるということを見たり聞いたりしていたものだ。一人息子に何かあってはと思ったが、お前がなんとか逃げ帰ったときにペッラサンペを見たのだと思ったから神にたのんで、タチイチゴとヨモギでお前とたたいたのだ。神に頼んだおかげでお前は無事に育ったが、大きくなったとはいえ狩場を一人で歩かせることはできない。私がお前についていって守りながら猟をするから。これからも親の言うことを聞けよ」というのを聞いて、はじめてあの時のかたまりがペッラサンペというのだとしった。なんということか、そんな恐ろしい魔物ではあったが、父が雄弁だったために神に祈りが通じていままで無事に生きてきたのだと思った。

 それからは、父に付いて猟にいき、父が見えなくなるとすぐに後を追うようにしていた。父は「あの魔物はお前を見初めでもしたのだろう。はやく嫁をもらえ。自分も孫がほしいから」というので、まだ若すぎると思っていたが、そのうちに父母が美しい娘を連れてきたので一緒になった。それからは休みもしないで一生懸命狩場をかけまわった。父はだいぶ年をとったので「これからは一人で行くから、父さんは家で猟の準備をしてくれればいいから。一人で山にいっても帰れないことないから」といって説得した。それからは何事もなく仕事をし、そのうちに子供もできて親たちもいっそう喜んだ。村の若者たちも結婚し、狩場で会えばいろいろ話もして過ごした。そのうち男の子も女の子もたくさん生まれ、親の面倒もみていた。父は子供たちの様子を見守り、私には心配だから日帰りできないところまでは猟に行くなというので、それに従っていた。そのうち子ども達も大きくなって結婚し、父母の面倒を見るようになった。ひ孫まで見て、起き上がって子どもを抱くこともできないほど年をとっても、声だけでも聞いていたが、そのうち幸せにこの世を去った。いまはもう私もこの世を去るところだが、こうして父に助けられたことを子供たちによく言い聞かせて世を去るのだ、と一人の人間が語った。



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