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61. イヌエンジュの神に助けられた娘の話

話 者:織田ステノ
  • 資料番号:34180
  • 収録日:1988年2月8日
  • 「私」:ユウベツの川上の村長の娘
  • 翻 訳:安田千夏
    サンプル音声

    <あらすじ>

     私の兄がユウベツの川上の村で私を育てていました。どうして自分が生まれたのかわからず、両親はいなかったので、兄がひとりでゴザ編みをしたり、炊事をして私の面倒を見てくれていました。兄が山猟にいっている間はひとりで遊んで、兄が作っていってくれた料理を食べていました。少し大きくなると、兄は掃除や料理の仕方、針仕事を私に教えてくれました。

     針仕事がずいぶん上達したと自分でも思った頃、兄はある日こういいました。「妹よ、うちの家はユウベツの川上の村長の家系であり、父や母が生きていた頃はユウベツの中ほどにある村の村長の家と懇意にしていた。そこの息子とおまえは、生まれたときからの許嫁(いいなずけ)なのだよ。おまえはもう何でも女性のすることはできるようになったのだから、その村長の家の許嫁を訪ねていきなさい」。それを聞いて私は嫌な気持ちを抱きました。私が出ていったら、兄は家の仕事をどうするつもりなのだろうと思いました。でもその日から兄は何度も私に出かけていくように勧めるようになりました。私が結婚したら親戚ができ、兄も寂しくなくなるのだからといわれ、ある日兄のためと思って出かけることにしました。

     兄は山猟にいって留守でしたが、火の神様によく道中守ってくれるようにと祈り、自分の作った縫い物を小さい荷物にして背負い、川を下っていきました。途中に大きな砂浜があり、その真ん中には見たこともないような大きなイヌエンジュの木が立っていました。その木に触りながら道中守ってくださいと祈っていると、木の陰から体の小さな、全身赤い色をした男がふいに現れました。私をつかまえようとして来るので、神様に助けを求めながら木のまわりを回って逃げました。木の神の樹皮は男の攻撃でぼろぼろに裂けてしまい、ふと気がつくとその男は(人間ではない悪神だったようで?)木からぶら下がって動かなくなってしまいました。そこで泣きながら川を走って下って逃げていくと、立派な家の庭にたどり着きました。

     助けを求めると、家の中から私くらいの年の娘が出て来て、すぐに引っ込み、家の主人に私が来たことを告げると、すぐに入れてあげなさいという声がして、私は家に招き入れられました。今までのことを話すと、家の人たちは驚いて「あなたはうちの嫁なのだね。昔から夫婦になるはずのものがなかなか訪ねあわないでいると、仲を荒らす悪い神が来るというのは聞いていたけれど、本当だったのだ」といって、私の手を取って無事を喜んでくれました。そのうちにその家の息子がふたり、山猟から帰って来ました。年上の息子が私の許嫁であるらしく、家の主人は息子たちに今までのいきさつを話しました。

     翌日になると、息子たちはイヌエンジュの木のところまで出かけていき、帰って来るとふたりは驚きあきれつつ、木の神からは巨大な赤マムシがぶら下がって死んでいたのだといいました。そのマムシを木から下し、エゾヨモギの槍で突いて、二度と復活しないように、地下の冥府にいくように祈ったそうです。それから家の主人に、裂けてしまった樹皮の代わりに木幣で帯をし、祭壇を立てて木の神、水の神に祈りなさいと息子たちは指図されたので、その通りにしました。

     その夜から、許嫁と私は二度と悪神に邪魔をされないよう、一緒に寝ることにしました。すると夢に、イヌエンジュの神が出て来てこのようにいいました。「これ娘よ、私の話をよく聞きなさい。赤マムシの悪神は、おまえが生まれたときからまえに目をつけて見張っていたのだ。それを神様たちが見通し、おまえを守ろうとした。そこでどんな悪神でもかなわない強い香気を持つ私が選ばれ、先回りしておまえの行く手に立っていたというわけだ。私の樹皮は赤マムシの攻撃で裂けてしまったけれど、その香気を体内に取り込んだ悪神は死んでしまった。でもおまえの許嫁たちが木幣で帯をしてくれたので、私は大丈夫なのだよ。これからも忘れずに私を祈ってくれたならば、孫子の代までおまえたちを守ってあげよう。それから明日になったら、おまえの兄を訪ねていきなさい」。同じ夢をその家の男の人たちも見たようで、起きてから火の神様に祈っていました。

     それからその家に息子ふたりと娘と連れ立って、ユウベツの川上の兄のところにいきました。家に入ると、兄は着物を頭から被って寝ていました。私を見ると飛び起きて私を抱きしめ、昨夜神が夢を見せてくれたので全てを知り、私をひとりで行かせたことを後悔して泣いていたのだといいました。それからは神に感謝して祈り、みんなで仲良く色々な話をしました。兄さんもお嫁さんをもらったら寂しくないというと、みんなその通りだといいました。翌日兄を置いてユウベツの中ほどの村に帰って来ると、私の旦那さんは兄のお嫁さんを探しまわり、見つけて兄のところに連れていきました。あまりにも早く来たことに兄は驚きつつも、その娘と結婚しました。

     ユウベツの中ほどの村長の家では、その家の娘と何でも一緒に仕事をして暮らしましたが、そのうちにその娘も嫁いでいってしまったので、ひとりで両親の面倒を見て暮らしました。舅の弟も家の近くに新しく家を建て、宝物を本家から分配してひとりだちしました。私に息子が生まれると、父や母は可愛がって育ててくれました。それぞれみんな子供がたくさんでき、お互いに行き来し合って仲良く暮らしました。父や母を見送ってからも仲良く暮らし、いつまでもイヌエンジュの神に祈ることを忘れないようにと子供たちに言い聞かせて死んでいくのですと、ユウベツの川上の村長の娘が物語りました。



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