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56. 馬の神に言い寄られた奥さんの話

話 者:織田ステノ
資料番号:34173
収録日:1988年2月4日
「私」:ある村に旦那さんと暮らす奥さん→その旦那さん
翻 訳:安田千夏
サンプル音声

<あらすじ>

 私は旦那さんと一緒に暮らしている妻です。旦那さんも私も働き者で、何不自由のない暮らしをしていましたが、ただひとつ子どもがいないことを寂しいと思っていました。

 旦那さんが家で弓矢を作るといって猟に行かなかったある日のこと、私が外に出ると、神のような立派な男の人が家の外に来て、あたりを見ながらうろうろしていました。驚いて家に入り、旦那さんに報告したところ「きっと休みたくて来たのだろうから家に入れてあげなさい」と言われました。ゴザを敷いて家に招き入れると、その男の人は入って来て客座に座りました。旦那さんとその男の人はお互いに拝礼して、何処から来たのか尋ねると、その男の人は自分の村の話は何もせずに「ひとりで寂しかったので、話し相手を探して歩き回っていたのです」といいました。すると旦那さんは「家には子どもがいなくて寂しい夫婦なので、良かったら家にいてもいいのですよ」といいました。その人は拝礼して、一緒に色々な話をしましたが、その人の話は人間の話ではなく神の話ばかりなのでした。

 その日からその人は家に住み込み、旦那さんと一緒に山猟に行くようになりました。旦那さんも狩りが上手いけれど、その人も負けないくらいに狩りが上手で、クマやシカを一緒に沢山獲って来るので、旦那さんは喜びました。

 ひと月かふた月経った頃、ある朝ふいにその人は「今日は疲れているので一日休みたいのです」と言い出しました。旦那さんは「よく働いてくれる人だから、一日や二日休んでもかまいませんよ」といってひとりで山猟に出掛けていってしまいました。私は何か胸騒ぎがして、外で杵搗きなどの仕事をしていました。その人は神座の寝床に横になっていました。もう日が暮れる、旦那さんが早く帰って来たらいいのにと思っていると、急にその人が私に飛びついて来たので驚きました。「奥さん!私はあなたを好きになったのです。だから今まで旦那さんの狩りの手伝いをしていたのですよ」といって、私の着物を剥ぎ取りました。下着一枚で外に逃げると、その人は追いかけて来て、下着を剥ぎ取りました。私は真っ裸になり、その人を見るとなんと今まで人間だと思っていたのは大きな馬だったのです。そして何と大変なことに、私も馬の姿になってしまっていたのでした。鳴きながら水汲みの道を通って逃げていくと、その悪い馬神は私を鼻で突いて、川を遡っていくように仕向けるのです。川を遡っていくとそこには神の山がそびえていました。その山を登っていくと、山の中に広い平原があって、平原の上手にはメス馬の群れがいたので、その中に飛び込みました。

 (話者が旦那さんに代わって)

 メスグマを一頭獲って、家に帰って来ました。荷物を下ろしても、家の中からは何の音もしません。何だろうと思って神窓から中を見ると、家の中には妻の着物が捨てられてあるのが見え、ゴザも跳ね上がっていました。驚いて家の中に入ると、家の中は馬の足跡だらけでした。玄関には妻の下着が捨てられていて、足跡を辿っていくと、小さい馬が先に逃げて、大きな馬が後を追いかけたようでした。危急の叫び声をあげて神に抗議し「神が見ていたはずなのに何をしていたのですか」と怒りました。もう日が暮れてしまったので、探しにいくのも恐ろしいのでその日は眠りました。

 翌朝明るくなってからしっかりと身支度をして出掛けていきました。足跡を追って川を遡り、神の山を登っていくと、山の中に広い平原がありました。大きな木の神が立っていたので、妻が悪神の目を逃れて自分のところに来ることができるようにと祈りました。すると突然、平原の上手から馬の群れが逃げて来る様子が見えました。後ろからは大きなオス馬が陰茎をぶらぶらさせつつ追いかけて来るのが見えました。群れが私の近くに来ると、その中に、体の真ん中に白い布を巻き付けたような馬がいて、私のところに来てこのようにいいました。「私の旦那さん、なんと恐ろしいことに悪い馬の神が、あちこちの村のきれいな娘をさらって、自分の妻にしていたのでした。私もさらわれて来たのですが、もう人間の姿に戻ることはできないのです。私の体にある白い模様は、悪神が下紐を切り忘れたものなのです。どこかでまた生まれ変わっても、この模様を持って生まれることでしょう。私のことはあきらめて、相手は恐ろしい神なので姿を隠してお帰りください。私の気持ちで、どこからかひとりの女性を旦那さんのところに行かせますので、嫌がらずに一緒に暮らしてください。悪神のせいで私たちには子どもがなかったのですが、その女性との間には子どもがたくさん授かりますよ。それから私のことを供養しようとしても、それは叶いませんよ」といってその模様のある馬が頭を下げて涙を落としました。「悪神が来る前に早くお逃げなさい」といって、私から離れて走っていってしまいました。

 妻を憐れみ、神に対して怒りながら、夢ででも知らせてくれれば良かったのにといいながら山を下りて来て、妻のことはあきらめました。ひとりになって寂しく自炊しながら山猟をしつつ暮らしました。

 ひと月かふた月経った頃、猟から帰って来ると家にかまどの煙が立っているので驚きました。神窓から家の中を見ると、見たこともない女性が煮炊きをしていました。妻がいっていた女性なのではないかと思って家に入ってわけを尋ねると、その女性はこういいました。

 「私の家には家族が沢山いて、私は一人前の娘になったので姉の手伝いをして両親の世話をしていたところ、今日の朝父が突然にこういいました。『ある村に(?)立派な旦那さんがひとりで暮らしている。行って家のことを手伝ってあげなさい』というものですから、いわれた通りにやって来たのです」というので、妻がよこした女性であることがわかりました。その女性に拝礼して、一緒に暮らすことにしました。

 その女性も亡き妻と同じように働き者で手先が器用で、私を大切にしてくれるので感謝しつつ暮らしました。ひと月かふた月一緒に寝ていると、その女性は食べたものを吐くようになりました。どうしてだろう、まさか子どもができたのではないかと思っていると、どんどんお腹が大きくなって来て、男の子が生まれました。しばらくは私が家の仕事をして、たくさんお乳が出るように妻に食べさせました。子どもは元気に育ち、次々に男の子や女の子がたくさんできました。

 大きくなった子たちは家の外に新しく家を建て、そこに婿や嫁が来て、孫も生まれてにぎやかに暮らしました。でも亡き妻のことは、死ぬまで忘れることはありませんでした。その妻を供養することもできずに暮らしました。家に人が来ても、自分の村の名をいわないものは恐ろしいから泊めてはいけないよと、子供たちにもよく言い聞かせました。いうのも腹立たしい話だけれど、死ぬ前にしておこうと思いました。馬の素性は人間なのだよ。おす馬はどうかわからないけれど、恐ろしいものだよと言い残して死んでいくのだと、ひとりの旦那さんが物語りました。



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