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37. 兄にいわれ、犬を連れてひとりで嫁いでいった娘の話

話 者:織田ステノ
資料番号:34149
収録日:1981年8月24日
「私」:ある村に住む娘縲怩サの兄である村長
翻 訳:安田千夏
サンプル音声

<あらすじ>

 私は兄とふたりきりで暮らしていました。兄は私を大切に育て、兄が山猟に行っている間、私はひとりで家の仕事をしていました。兄は帰って来ると、私が働き者であることを喜んでくれました。

 年頃になると、兄は「女性というものは針仕事を練習するものなのだよ」といって、木綿の布や糸、針などを出して来て私のそばに置きました。何を作ればいいのかわからないので、自分の着物の模様を見ながら何かを作っていると、兄が帰って来て私の作ったものを見て「本当に上手だ」と褒めてくれましたが、私の見えないところでは笑っているのでした。それを見つけては私は怒っていたのですが、毎日一生懸命練習していると、針仕事はすっかり上達しました。

 一人前の女性になった頃、兄はこう言いました。「こことは反対側の入り江のほとりに大きな村があって、その村の村長にはふたりの息子がある。その上の息子とおまえは許嫁(いいなずけ)として育てられたのだよ。それは父と母が生きていた頃からの約束だったのだ。そこへ行ってみなさい」。

 兄さんは私がいなければどうやって生活するつもりなのだろうと思って腹を立てました。でも兄が何度もそう言うので、針仕事で作ったものを背負いゴザに入れて準備をすると、兄はこう言いました。「私たちの村を流れる川を遡っていくと、上流に家が作ってある。そこに一晩泊まって、翌日東に向っていくと村の上端に出る。そこが許嫁のいる村なのだよ」。

 嫌々ながら、飼っていた一匹の雌犬を連れて食料を持って出掛けました。川を遡って行くと、本当に昔に作られた大きな家が建っていました。しばらくの間人が立ち寄ることはなかったようで、戸や窓にはツルがからみついていました。草をむしってきれいに掃除をし、薪を運んで来て火を焚き、火の神様に守ってくれるように祈りました。

 翌朝早く起きて食事をし、火を消して、東のほうに向って歩いていくと、人間が木を伐った痕(あと)があり、川を下っていくにしたがってだんだん新しく伐った痕になってきました。人里が近いのではないかと思いつつ歩いていると、私の犬は私の先回りをして走っては戻って来ることをくり返していました。そのうちに村に到着し、村の真ん中には村長の家と思われる大きな家が建っていました。働き者の家族がいるようで、魚や肉の干し竿にはたくさん食料が掛けられていました。

 その家の外に荷物を置いて泣いていると、犬がクンクンと泣きながら家の周りを何度も走り回っては私のところに来て、人間が話しかけるようにクンクンと鳴いていました。しばらくすると若い女性が家から出て来て、またすぐ家に入り、家の人に見たこともない女性が家の外に来ていると告げました。家の年配の男性が、ひょっとして許嫁が来たのではないだろうかといい、あの若い女性がまた出て来て、私の荷物を持って、私の手を取って家に招き入れてくれました。

 家に入り、客座側の戸口の下でかしこまっていると、火のそばに来る様にいってくれたので炉の前に進んでいきました。どこから来たのかと訊かれたので、いきさつを話すとその家の人たちは喜んで、年配の人たちが私のほうに這って来て「お嫁さんが来た」といって喜んでくれました。「息子たちふたりは山猟に忙しい。これからは家の娘と一緒に家の仕事をしてくれるとありがたい」。そういうので、兄の言っていたことは嘘ではないことがわかりました。

 それからその娘と一緒に炊事をしていると、ふたりの男が山猟から帰って来ました。家に入って来ると、その家の主人が長男にわけを話し、私と結婚するようにいいました。長男は承諾の咳払いをして、それからは毎日その家で女の仕事を、娘と助けあいながらしつつ暮らしていました。

 そのうちに妊娠をしたようで、私のお腹が大きくなって来ました。もう出産も近いという頃になって、舅さんたちは驚いたことにこんなことをいいました。「出産が近いなら、兄のところにいって産みなさい。ここで産んではいけません」。もう外は新雪が積もっていて、膝で雪をはねながらでないと歩ける状態ではないのです。それでも「子どもが産まれてから、背負って帰って来なさい」と言って家を出されてしまいました。私の犬が道を切り開いてくれたので、雪の中を泳ぐようにして川を遡って、山を登っていきました。来る時に泊まった家に辿り着くなりお腹が痛くなりました。着るものも凍りついていましたが、火を焚くこともできずに家の隅で苦しんで泣いていました。犬が私の顔を舐めて舐めて、どこかへ走っていってしまったというところで、記憶が薄れ、私は眠ってしまいました。

 (話者が兄に替わって)

 嫁いでいった妹のことを心配しながら暮らしていましたが、ある夜、妹と一緒にいった犬が激しく鳴きながら山を下りて来るような気がしました。でもじっと耳を澄ましていても何も聞こえません。何かの知らせではないかと思い、夜が明けたので炊事をしていると、また犬の声を聞いたような気がしました。胸騒ぎがするので食事をしてから身支度をして、泊まり小屋までいってみることにしました。かんじきを履いて川を遡っていくと、途中で私の犬が何度も山から下りて来てはまた戻っていった跡がありました。急いで泊まり小屋にいってみると、なんと大変なことに私の妹が凍え死んでいたのです。そして私の犬が何かを抱えてやはり凍え死んでいました。抱えているものを見ると、男の赤ん坊なのでした。赤ん坊は犬に暖められて生きていたので、急いで懐に入れました。泣きながら「おまえたち、一体何があったのだ」といい、火を焚いて火の神に祈り、赤ん坊を暖めました。妹の荷物の中には食料もあったので、料理をして死んだ妹や犬が食べられるようにと火の神様に祈りました。「こんなことになるのなら、嫁に行かせるのではなかった」そういって泣いて、丁寧に埋葬し、犬も丁寧に送りの儀式をしてやりました。

 村に下りていって村人にわけを話すと、女性たちが赤ん坊を抱いて、粥を作って口に入れてやりました。そのようにして赤ん坊を育て、座ったり食事ができるようになるまで成長すると、村の勇者たちと一緒に妹の嫁ぎ先に敵討ちにいこうということになりました。そして嫁ぎ先の家にいって、「お産の近い妹を追い出して殺した罪の償いの品物を出せ、そうしなければ村を滅ぼしてやる」といって迫りました。その者たちは慟哭し、「確かに自分たちが悪かった」といって償いの宝物を差し出したので、ひどく罰してまた自分の村へ帰って来ました。

 甥っ子と泣きながら暮らしていましたが、村人たちが相談して、私は村長なので、働き者の女性と結婚することになり、嫁が来ました。嫁は甥っ子の面倒をよく見てくれました。私は甥に狩りなどの男の仕事を教え、儀式では必ず妹と犬の神に祈るように教えました。妹の話をするときは甥っ子と抱き合って泣きながら、ひとりで行かせたことをいつまでも後悔していました。私には子どもがたくさんでき、村人たちにも「結婚させるときには、決してひとりで行かせてはいけない。一緒に行って、相手の家の人間の心がけを見てから結婚させるべきだ」といって、死ぬまで悔やみ続けているのです、とある村の村長が物語りました。



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