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月刊シロロ

月刊シロロ  3月号(2018.3)

 

 

 

 

 

《特別寄稿》現行の知的財産法と先住民族の伝統的知識

 

 落合 研一(北海道大学アイヌ・先住民研究センター准教授)

 

 月刊シロロの2月号で,北原次郎太先生が,アイヌ文様,ウイルタ文様,ニヴフ文様の特徴を紹介しておられました()。民族間の交流の影響もあって北方民族の文様には共通する要素があるものの,その構成パターンにはそれぞれの個性が認められることから,お互いにその個性を認識し,尊重し合うべきであって,ウイルタ・ニヴフの文様を模倣したものをアイヌ文様として広めてしまわないようにしなければならないという内容でした。北原先生のご指摘は,先住民族の伝統的知識をめぐる課題として重要だと思います。そして,北原先生から,このような課題について,現行の知的財産法のもとではどのように考えられるのかというご質問をいただきました。そこで本稿では,現行の知的財産法が制定された理由,そこに定められている基本的なルールについて説明したいと思います。

 

1.情報の自由な利用を制限する理由

 

 たとえば,私がデザインした私の自動車が他人に奪われてしまうと,私は私の自動車を利用できなくなってしまいます。だからこそ,自動車のような「物」については,所有権や占有権といった物権が民法に定められていて,ある「物」の所有者や占有者は,その「物」を直接に支配し,その「物」が奪われた場合には奪った者に返還請求できるわけです。しかし,私のデザインが他人に奪われ,まったく同じデザインの自動車が街中を走っていたとしても,私は私の自動車を利用し続けることができます。このように,自動車を運転する私にとって,自動車という「物」を奪われると困りますが,自動車のデザインという「情報」を奪われても困りません。したがって,「情報」を奪われないようにする理由は,「物」を奪われないようにする理由(=民法に物権が設定された理由)と異なることになります。

 また,情報はどんなに大勢に利用されてもなくなりません。それならば,ガン細胞だけを攻撃できて副作用のない新薬の成分,製鉄所で余った熱を銭湯に輸送できるような新蓄熱素材の成分といった情報は,誰でも自由に利用できる方が社会全体のメリットになりそうです。さらに,日本国憲法も,21条で国民に「表現の自由」を保障しています。したがって,本来,すべての国民が情報を自由に利用できなければならないのであって,情報の利用を制限するにはそれなりの理由が必要になります。

 では,なぜ情報の自由な利用を制限しなければならないのでしょうか。それは,どんなに努力を重ね,経費を投じて創作した情報であっても,誰でも自由に利用できるというのでは,ほとんどの人々が創作意欲をもてないだろうと考えられるからです。つまり,人々の創作意欲をかきたて,情報の創作活動を促進させるインセンティブ(=意欲を高める刺激)として,情報の自由な利用を制限する必要があると考えられたわけです。

 そのために制定されているのが知的財産法です。もっとも,知的財産法とは,特許法,意匠法,著作権法など,情報の利用に関するルールを定めた法律の総称で,知的財産法という名称の法律はありません(注1情報の利用に関するルールがないところでは,情報を誰でも自由に利用できるわけですから,情報の利用に関するルールを定めるのは,情報の自由な利用を制限するのと同じことです。自由な利用が制限される情報は,それぞれの法律で定義されています(注2当然のことながら,いずれの法律の定義にも該当しない情報は,誰でも自由に利用できます。したがって,情報には,誰でも自由に利用できるものと,法律によって利用を制限されているものがあることになります。

 

2.知的財産法の基本的なルール

 

 知的財産法は,情報の利用に関するルールを定めた法律の総称なので,それぞれの法律ごとにルールを説明するべきなのですが,これらのルールを大胆にまとめると,「それぞれの法律に定義されている情報の創作者は,一定の期間,その利用を独占できる。創作者以外の人々は,創作者の許諾なくその情報を利用してはならない。」ということになるでしょう。交渉で合意された許諾の対価が創作者の経済的利益となります。したがって,知的財産法は,創作者が情報の財産的価値を独占できるようにすることで,創作者の経済的利益を保護しているということもできます。とはいえ,知的財産法は,情報の創作者と利用者の交渉プロセスを確保しているだけで,情報の財産的価値の評価を市場(=創作者と利用者の自由交渉)に委ねています。そのため,努力して完成させた発明の創作者に特許権が認められても,誰もその発明を利用したいと思わなければ,その発明の財産的価値はないということになってしまいます。

 「知的財産」は,一般的に「財産的価値のある情報」といった意味で使われていると思いますが,情報にも知的財産法の対象になるものとそうでないものがあり,財産的価値も市場における評価が様々なので,コンテクストによって意味が異なることに留意する必要があります。

 

3.現行の知的財産法と先住民族の伝統的知識

 

 そもそも情報は,大勢に利用されてもなくならないので利用を制限しなくてもよいし,むしろ人々が自由に利用できるパブリック・ドメインであると考えられていました(注3また,社会全体のメリットになる情報ほど人々が自由に利用できるようにして,大勢の人々がその恩恵にあずかれるようにするべきです。しかし,どんなに努力を重ね,経費を投じて情報を創作しても,その情報で儲けられなければ,誰も社会全体のメリットになるような情報を創作しなくなってしまいます。そこで国民は,知的財産法を制定し,情報の創作活動を促進させるインセンティブとして,一定の期間,人々が創作者の許諾なく情報を利用できないようにして,創作者が情報の財産的価値を独占できるようにしたわけです。

 現行の知的財産法は,このような経緯で制定されているので,この法律によって先住民族の伝統的知識の自由な利用を制限することは難しく,ウイルタ・ニヴフの文様を模倣したものをアイヌ文様として広める行為を規制することも困難です。知的財産法は,情報の「創作者」の経済的利益を保護していますが,先住民族の伝統的知識の創作者は何世代もさかのぼった祖先であり,誰が創作したのかわからないでしょうし,わかったとしても創作から「一定の期間」を経過してしまっているでしょう。また,知的財産法が情報の創作活動を促進させているのは,社会全体のメリットになるような新規の革新的な情報を求めているからです。伝統的知識が既に人々に知られているならば,新規の情報とはいえないでしょう(先住民族以外の人々の知らない情報であれば,新規の情報といえる可能性もあります)。

 このように,現行の知的財産法では先住民族の伝統的知識の保護などまったく考慮されていませんが,それは,知的財産法と総称されている法律のほとんどが2008年の「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」の採択以前に制定されているからです。だからこそ,アイヌ民族が日本の先住民族であると認められた意義のひとつとして,アイヌ民族の伝統的知識の保護について検討する必要があるわけです。

 なお,先住民族の伝統的知識の保護に関する国際的な議論動向については,伊藤敦規先生の「先住民の知的財産と『先住民の知的財産問題』」という論文にわかりやすく紹介されています。

 

4.アイヌ民族が日本の先住民族であることから導き出される伝統的知識の保護

 

 2009年に「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が内閣官房長官に提出した報告書には,「今後のアイヌ政策は,国の政策として近代化を進めた結果,アイヌの文化に深刻な打撃を与えたという歴史的経緯を踏まえ,国には先住民族であるアイヌの文化の復興に配慮すべき強い責任があるということから導き出されるべきである」と書かれています。報告書が「アイヌの文化の復興」をここまで重視しているのはなぜなのでしょうか。

 国がアイヌ民族を日本の先住民族として認めた意義のひとつは,「日本国民という法的身分を有する人々に,大和民族とアイヌ民族がいることを認めた」ところにあります。つまり,これまでになかった民族の区分が認められたわけですが,報告書は,「帰属意識」や「アイデンティティ」といった主観的指標と,「文化の独自性」という客観的指標によって民族を区分しています。まず,アイヌ民族であるという誇りをもち,アイヌ文化を大切にしながら生活している人々が現にいるということが,もっとも重要な指標といえるでしょう。しかし,このようなアイヌの人々と直に接した経験のない日本国民にとってわかりやすいのは,日本人の文化とアイヌの文化が異なるから大和民族とアイヌ民族に区分できるという,文化を指標とした説明です。ただし,「ここでいう文化とは,言語,音楽,舞踊,工芸等に加えて,土地の利用形態なども含む民族固有の生活様式の総体」という広い意味であって,そこには,言語,音楽,舞踊,工芸などの可視的なものだけでなく,土地との深い精神的な結びつきといった不可視的なものも含まれています。また,このような広い意味の文化は,主観的指標であるアイヌとしてのアイデンティティを確立させる基盤としても重視されています。

 「文化の独自性」に基づいて民族を区分する場合,「文化の独自性」がなくなれば民族の区分もなくなってしまうので,国には「文化の独自性」を維持する責任があり,「文化の独自性」が損なわれていればそれを復興しなければなりません。報告書が「アイヌの文化の復興」を重視しているのは,「国がアイヌの文化に深刻な打撃を与えた」からである以上に,アイヌの「文化の独自性」に基づいてアイヌ民族を区分したからであると考えられます。

 アイヌの伝統的知識は,「文化の独自性」を示すアイヌ文化の重要な構成要素です。その伝統的知識が他の民族によって自由に利用されると,どうしても「文化の独自性」が損なわれてしまうでしょう。したがって,「文化の独自性」を維持するためには,アイヌ民族がその伝統的知識をきちんと管理することが重要になります。ところが,現行の知的財産法では,自由な利用が制限されている情報も,「一定の期間」を経過すれば,すべての人々が自由に利用できるパブリック・ドメインになってしまいます。つまり,アイヌの伝統的知識も,創作者のものかパブリック(=公共)のものでしかなく,民族のものにはなりません。しかし,アイヌ民族が日本の先住民族であると認められたことによって,日本国民にアイヌ民族がいると認められたのならば,これまでのパブリックという一元的なドメイン(=領域)にアイヌ民族というドメインを確立し,パブリックとアイヌ民族という二元的なドメインを構成できることになります。したがって,理論的には,アイヌ民族がその伝統的知識をパブリック・ドメインではなくアイヌ民族・ドメインとして管理する制度について検討できるようになったといえるでしょう。

 

5.検討するべき課題

 

 2020年4月24日には,民族共生象徴空間と国立アイヌ民族博物館が一般公開されます。象徴空間を訪れる大勢の人々をとおしてアイヌ文化の魅力が日本国内だけでなく海外諸国にも広まれば,アイヌの伝統的知識の財産的価値が高まり,アイヌ民族がその伝統的知識を管理する必要性も高まるでしょう。とはいえ,アイヌ文化の魅力を発信し,アイヌ民族に関する理解を深めてもらうには,アイヌの伝統的知識,文化の情報を誰でも自由に利用できるようにしておく方がよいでしょう。したがって,アイヌの人々にはまず,アイヌの伝統的知識,文化の情報をどのように管理するのかを考えていただかなければなりません。つまり,伝統的知識を適切に利用してもらえるように管理するのか,伝統的知識の財産的価値を独占できるように管理するのかということです。そして,後者の場合は,伝統的知識の利用許諾申請に対応し,利用料を管理してアイヌの人々に配分する組織をどのように設けるのかということについても検討していただく必要があります。

 なお,知的財産法の研究領域では,経済産業大臣によって指定される伝統的工芸品にとって重要な伝統的知識の保護に関する研究もなされています。2013年には,平取町二風谷のイタとアットゥシも北海道で初めて伝統的工芸品に指定されているので,このような研究の成果も参考になると思います。

 ウイルタ・ニヴフの文様を模倣したものがアイヌ文様として広められているとの指摘について,現行の知的財産法からいえることはありませんでしたが,ここで改めて触れておきます。有識者懇談会の報告書は,アイヌの「文化の独自性」に基づいてアイヌ民族を区分しています。「文化の独自性」が民族を区分する指標のひとつである以上,ウイルタ・ニヴフの文様を模倣したものをアイヌ文様として広めれば,それぞれの文化を乗っとって民族の存続を危うくすることになります。「文化の独自性」を維持するために先住民族がその伝統的知識を管理できなければならないということは,アイヌ民族だけでなく,ウイルタ・ニヴフ民族にも妥当します。とはいえ,北原先生の解説があればアイヌ・ウイルタ・ニヴフの文様の構成パターンの個性に気づくことができても,解説がなければ気づけないかもしれません。つまり,「文化の独自性」が誰にとっても明らかであるとまでは必ずしもいえないようですから,まずは,ウイルタ・ニヴフの文様を模倣したものがアイヌ文様として広められている実情を啓発し,アイヌ文様を生業に利用している人々に,アイヌ・ウイルタ・ニヴフの文様における構成パターンの個性について理解を深めていただく必要があります。また,報告書は,「文化の独自性」以上に,「帰属意識」や「アイデンティティ」といった主観的指標も重視していました。ウイルタ民族やニヴフ民族であるという誇りをもち,それぞれの文化を大切にしながら生活している人々が現にいる以上,その人々の心情に配慮し,それぞれの文様の構成パターンの個性を認識して尊重するべきであることは,いうまでもありません。

 

注1) 知的財産法という名称の法律はありませんが,2002年に「知的財産基本法」が制定されています。この法律における「知的財産」とは,「発明,考案,植物の新品種,意匠,著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。),商標,商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」をいい(2条1項),「知的財産権」とは,「特許権,実用新案権,育成者権,意匠権,著作権,商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利」をいいます(2条2項)。2条1項の「発明」には2項の「特許権」,以下同様に「考案」には「実用新案権」,「植物の新品種」には「育成者権」,「意匠」には「意匠権」,「著作物」には「著作権」が対応しており,それぞれの権利は,特許法,実用新案法,種苗法,意匠法,著作権法によって設定されています。 (戻る↑

注2) たとえば,特許法では,①「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度の」発明(2条1項)であって,②「産業上利用することができ」(29条1項柱書),③「日本国内又は外国において公然知られ」たり「公然実施をされ」たりしてなく(29条1項各号),④「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が」容易に発明できない(29条2項)ものと定義されています。つまり,特許法が自由な利用を制限している情報は,①自然法則の利用,技術的思想,創作,高度性,②産業利用可能性,③新規性,④進歩性という要件をクリアしている発明です。

 意匠法では,「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせる」意匠(2条1項)のうち,①「工業上利用することができ」(3条1項柱書),②「日本国内又は外国において公然知られ」ておらず(3条1項各号),③「その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が」容易に創作できない(3条2項)ものと定義されています。つまり,特許法が自由な利用を制限している情報は,①工業利用可能性,②新規性,③高度性という要件をクリアしている美しいデザイン(=意匠)です。

 著作権法では,「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属する」著作物(2条1項1号)と定義されています。 (戻る↑

注3) たとえば,「「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」という俵万智さんの有名な短歌があります。この作品は,もちろん著作権法に定められた著作物です。では,「今日はよい天気だった」という自由律俳句(?)も著作物といえるでしょうか。この自由律俳句も著作物として認めてしまうと,人々はその創作者の許諾なく「今日はよい天気だった」という表現を利用できなくなってとても不便ですし,誰でも日常的に話している(=創作性のない)表現なのに,その創作者だけが儲けられるというのも不合理です。とりわけ言語によって表現される情報の利用を制限する場合,情報の創作活動を促進させるインセンティブと情報の公共性のバランスに留意しなければなりません。なお,パブリック・ドメインとは,法律に定められた「一定の期間」の経過,創作者による権利放棄,創作者の死亡などの事情で,誰もが自由に利用できるようになった情報のことですが,ここでは,「公共性の高い情報」という意味で使っています。 (戻る↑

 

参考文献
田村善之著『知的財産法〔第5版〕』(有斐閣,2010年)
茶園成樹編『知的財産法入門〔第2版〕』(有斐閣,2017年)
角田政芳・辰巳直彦著『知的財産法〔第8版〕』(有斐閣,2017年)
中山信弘著『著作権法〔第2版〕』(有斐閣,2014年)
佐藤幸治『日本国憲法と先住民族であるアイヌの人びと』(北海道大学アイヌ・先住民研究センター,2013年)
伊藤敦規「先住民の知的財産と『先住民の知的財産問題』」山崎幸治・伊藤敦規編『世界のなかのアイヌ・アート-先住民族アート・プロジェクト報告書-』(北海道大学アイヌ・先住民研究センター,2012年)
山田典子「伝統的工芸品に対する知的財産権による保護の現状と課題に関する一考察」筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業法学専攻編『企業法研究の序曲4』(同友館,2016年)

 

 

 

 

《トピックス1》国立アイヌ民族博物館地鎮祭報告

 

 文:木幡弘文

▲写真1 チセコテノミ本祭後(1月20日)

 

はじめに

 

 今回は国立アイヌ民族博物館建設予定地で行ったチセコテノミ(地鎮祭)について報告します。当博物館の事業としては1997年以来となるので、21年ぶりのチセコテノミとなります。

 本儀式に先立ち、昨年の7月から儀礼伝承を目的とした研修を、藤村久和氏にご指導いただきながら随時行って来ており、本儀礼においても全面的に同氏にご指導を賜りました。

 また、今回の報告は、当館職員が同氏指導のもとで作成した資料をもとに執筆するため、アイヌ語に関しては藤村氏が使用したアイヌ語を用いています。(編集注1

 

1.実施概要

 

日   時: 2018年1月20日(土)〜22日(月)
場   所: 国立アイヌ民族博物館建設予定地およびアイヌ民族博物館ポロチセ
主   催: アイヌ民族博物館
監督・指導: 藤村久和
来   賓: 石辺勝行、山丸和幸、澤田憲、豊岡征則、富菜勉、中井貴規、萱野公裕
男性列席者: 新井田幹夫、野本裕二、野本正博、立石信一、八幡一巌、竹内章吾、山道陽輪、山道ヒビキ、早坂駿、新谷裕也、山口翔太郎、竹内隼人、米澤諒、山丸賢雄
女性列席者: 髙橋志保子、能登千春、篠田マナ、川上さやか、伊藤彩花
(敬称略)

 

2. 日程

 

 事前準備は割愛しますが、本祭日以降3日間の日程は以下の通りです。

1日目「チセコテノミ本祭」(1月20日)
 8:00~12:15  準備
12:15~12:30  フッサカラ(敷地の清め)
12:30~12:45  ソカラ(座をしつらえる)および配座
13:45~15:15  本祭
2日目「チセコテノミオメカプ(後祭)およびイナウ送り」(1月21日)
6:30~ 7:30  イナウノンカラ(捧幣巡視)
13:00~13:30  オメカプ(後祭)のソカラ(座をしつらえる)および配座
13:30~16:00  オメカプ(後祭)
16:00~16:45  移動およびイナウ運搬
16:45~19:15  イナウ納めおよびイナウ送り
19:15~20:00  饗宴
20:00~21:00  カムイホプニレ
3日目「イナウ送りのオメカプ」(1月22日)
6:30~ 7:30  イナウノンカラ(捧幣巡視)
11:00~12:00  準備
13:00~15:00  オメカプ(後祭)

 

3. 製作・使用祭具

 

 チセコテノミに際し、事前研修から儀礼当日の午前中にかけて、イナウ(木幣)類やその他儀礼具の製作を行いました。それらを以下に一覧にします。

▼表1.イナウ(木幣)類および製作祭具一覧

名称 使用数
チェホロカケプイナウ(逆削木幣)  ミズキ 19
ヤナギ
キハダ
ポンストゥイナウ(小型棒状木幣) キハダ 6
チセシッケウルウェストゥイナウ
(樹皮付家隅木幣)
キハダ 6
キケチノイェイナウ(削りかけ撚り木幣) ミズキ 1
キサルシキケチノイェイナウ
(耳付き削りかけ撚り木幣)
ミズキ 1
イナウケマ(脚木) ヤナギ 2
エラペロシキ(樹皮付棒状木幣) ヤナギ 2
ハシウシエラペロシキ(枝・樹皮付棒状木幣) ヤナギ 2
イナウル(削りかけ) ミズキ 約60
キハダ
チセコッエプンキネカムイ・カムイエカシ
(地鎮の守り男神)
イヌエンジュ 1
エムシ(地鎮の守り男神用装飾刀) イヌエンジュ 1
オプ(地鎮の守り男神用装飾槍) イヌエンジュ 1
チセコッエプンキネカムイ・カムイカッケマッ(地鎮の守り女神) イヌエンジュ 1
マテムシ(地鎮の守り女神用装飾短刀) イヌエンジュ 1
ヌサイッケウ(祭壇の支木) ヤナギ 1セット
タクサ(手草)   ササ 8
ヨモギ
トドマツ
イヌエンジュ
トイカシケキクニ
(地表を打ち叩く棒)
イヌエンジュ 2
ケトゥンニ(三脚) キハダ 1脚
シナノキ
スワッ(炉鉤) キハダ 1
シナノキ
アペパスイ(火箸) キハダ 1膳
シナノキ
チアレアペラ(焚火作り)  ハルニレ 1セット
ウダイカンバ
ヤナギ
カムイイペパスイ(神の食事箸) キハダ 2膳
シラリ(酒粕)用パスイ  キハダ 1

 

▼表2.使用祭具一覧

用具名

使用数

オッチケ(膳)

トゥキ(酒杯)

20

イクパスイ(捧酒箆)

20

パッチ(鉢)

エトゥヌプ(片口)

サイシントコ(祭事用行器)

オンタロ(酒樽)

ピサック(柄杓)

キナ(茣蓙)【無地】

12

キナ(茣蓙)【模様】

エムシ(儀礼刀)

 

 

4.行程

 

4-1. 準備

 

 儀礼の準備として、数日前から用意していたものを加工して、当日の午前中に完成させました。チェホロカケプイナウ(逆削木幣)は、事前の研修時に足部分を削らずに当日に削って使用しました。他の製作祭具に関しては儀礼当日までに材を用意して加工を行い、完成させています。

 

4-2. エパカリ(敷地測量)

 

▲写真2 チセパカリニ ▲写真3 チセパカリトゥシアニパカリ ▲写真4 チキリアニパカリ

 

 今回のチセコテノミに際しては、伝統的技術伝承を目的としてエパカリ(敷地測量)を行い、建設予定の国立アイヌ民族博物館の建屋敷地を測量しました。チセパカリニ(家の測量棒)は、始点から終点まで真っすぐに棒を倒しては起こすという動作を繰り返し、その回数で測量を行います。チセパカリトゥシアニパカリ(家の測量縄での測量)は、2人1組になり縄の端と端を持ち、始点から終点まで真っすぐに縄を伸ばしていきます。先に行った1人が縄の限界まで伸ばすとそこで待機し、待機していたもう一人が同じように先へ行きます。これを繰り返して終点まで行き、その限界まで伸びた数で測量を行います。チキリアニパカリ(足での測量)は1人が一定の歩幅で始点から終点まで真っすぐに歩き、その歩数で測量を行います。表3に測量結果を掲載します。ちなみに敷地面積は100m(南、北側)×30m(東、西側)となっています。

▼表3. エパカリ(敷地測量)測量寸法一覧

測量方法 使用寸法 結果
チセパカリニ
(家の測量棒)
180cm アオダモ 西側
17回
チセパカリトゥシアニパカリ
(家の測量縄での測量)
10m シナ 西側
3回
チキリアニパカリ
(足での測量)
約80cm   西側
42歩

 

 

4-3. イナウ類などの設置

 

 測量後、本来であればその測量を基にして、家の4隅と屋根(棟)の両端となる場所の2ヶ所に、チセシッケウルウェストゥイナウ(家の隅の太い短翅を持つ木幣)(図1の◯)を立てます。今回は、敷地の4隅とその中央部を測量した上で、2ヶ所を決めて立てています。それと同時にケトゥンニ(三脚)の設置、ヌサ(祭壇)の設置を行い、炉に火を焚きます。今回は弓切り式(注2)で火種をおこして火を焚きました。

 

4-4. フッサカラ(敷地の清め)

 

▲写真5 フッサカラの様子

 儀礼場設営後、4人が二人組に分かれて、敷地の北側と南側をそれぞれ祓い清めました。二人組のうち前を歩く者は左手にチセコッエプンキネカムイ(敷地の守護神)のイナウを、右手にイヌエンジュの枝を持ち、後ろの者は両手にタクサを持って敷地を行進します。このとき「フッサ、フッサ」と唱えながら、枝やタクサで地面を叩いて敷地を清めました。今回は敷地が広いのでリレー形式で行ないました(表4および図1を参照)。

▼表4.フッサカラ参加者

  チセコッエプンキネカムイ・カムイエカシ(北側) チセコッエプンキネカムイ・カムイカッケマッ(南側)
  木幣持ち タクサ持ち 木幣持ち タクサ持ち
前半 立石信一 山道陽輪 早坂駿 新谷裕也
後半 山道ヒビキ 山口翔太郎、山道陽輪 山丸賢雄 八幡一巌、新谷裕也

 

▼図1.フッサカラ順路

作成:山口翔太郎

 

木幣持ちがヌサに安置されたチセコッエプンキネカムイのイナウに祈って手に取り、戸口へ
戸口の中心でイナウ同士、タクサ同士を交えてから下手(西側)のストゥイナウへ
下手のストゥイナウを右回りに1周し、上手(東側)のストゥイナウへ
上手のストゥイナウも同様に1周してから後半組とイナウ同士、タクサ同士を交えて交代し後半組は神窓へ(前半のタクサ持ちは後半組の後に続く)
神窓の中心でイナウ同士、タクサ同士を交えてヌサへ
チセコッエプンキネカムイをヌサに戻して祈り、再び戸口へ
前半の木幣持ちが枝とタクサを集めて退場し(フッサは継続)、物陰で枝とタクサを放棄する

 

4-5. ソカラ(座をしつらえる)および配座

 

 フッサカラ終了後、炉周辺にソカラをするためにまず屋外で且つ地面に氷および雪があったためブルーシートを敷き、その上に無地のキナと模様入りのキナを敷きました。このときに祭具の準備も行います。ソカラ終了後、来賓者を迎えいれる儀礼を行い、来賓者も列座しました。以下表5に座席表を掲載します。

▼表5、座席表

作成:山口翔太郎


4-6. チセコテノミ本祭

 

▲写真6 本祭全体 ▲写真7 ヌサ前での祈り ▲写真8 片付けの様子

 

 着座後、オンカミ(拝礼)、シントコカラカラ(酒樽の口切り)、ホシキトゥキ(開会の辞)、シラリエオンカミ(酒粕による祈り)、カムイノミ(神々への祈り)、オシトゥキ(閉会の辞)、祭具片付けの順番に儀礼を執り行いました。

 神々には今回の儀礼の趣旨を説明し、土地の借用の許可、工事中の安全、不都合があった場合の夢見による通知について依頼し、伺いを立てます。祈る神と担当者の組み合わせは以下の通りです。

アペフッチカムイ(火の媼神) 新井田幹夫、藤村久和、来賓者
ヌサコロカムイ(祭壇を司る神) 新井田幹夫
シリコロカムイ(大地を司る神) 山口翔太郎
コタンコロカムイ(集落を司る神) 山道陽輪
チセコッエプンキネカムイ・カムイエカシ
(敷地を守護する翁神)
山道ヒビキ
チセコッエプンキネカムイ・カムイカッケマッ
(敷地を守護する媼神)
新谷裕也
チセソパシッケウカムイ・カムイエカシ
(家の上座隅の神・神々しい翁)
八幡一巌
チセソパシッケウカムイ・カムイカッケマッ
(家の上座隅の神・神々しい媼)
早坂駿
チセソケシシッケウカムイ・カムイエカシ
(家の下座隅の神・神々しい翁)
八幡一巌
チセソケシシッケウカムイ・カムイカッケマッ
(家の下座隅の神・神々しい媼)
早坂駿
チセペンノッカエプンキネカムイ・カムイエカシ
(棟の上手を守護する神・神々しい翁)
山口翔太郎
チセパンノッカエプンキネカムイ・カムイカッケマッ
(棟の下手を守護する神・神々しい淑女)
竹内隼人
ケトゥンニカムイ(三脚の神) 山丸賢雄
イレスナイ(ウヨロ川支流) 立石信一
財団を代表した総体的な祈り 野本裕二
財団の広場 米澤諒

 

 最後にオシトゥキ(閉会の辞)、祭具片付けを行い、チセコテノミは終了しました。オシトゥキでは全員が着座したまま一斉に各々の神に祈り、閉式の報告をするとともに、願い事の念押しをします。

 

4-7. イナウノンカラ(捧幣巡視)

 

 先の祈りの内容どおり、何か不都合があった場合は夢で知らせが来るもしくは、設置したイナウ(木幣)に何らかの変化が生じて知らせてくれるというもので、早朝の太陽が上り始めたときに確認を行います。確認を行った結果、いずれのイナウも異常はなく、確認は終了しました。

 

4-8. オメカプ(後祭)

 

 イナウノンカラの結果を受けて、神々が昨日の祈りを聞き入れてくれたものと感謝し、改めて工事の安全を祈願しました。この際に祈った神々は以下の通りです。

アペフッチカムイ(火の媼神) 新井田幹夫、藤村久和、野本正博、中井貴規、竹内章吾
シリコロカムイ(大地を司る神) 山口翔太郎
コタンコロカムイ(集落を司る神) 山道陽輪
チセコッエプンキネカムイ・カムイエカシ
(敷地を守護する翁神)
山道ヒビキ
チセコッエプンキネカムイ・カムイカッケマッ
(敷地を守護する媼神)
新谷裕也
チセソパシッケウカムイ・カムイエカシ
(家の上座隅の神・神々しい翁)
八幡一巌
チセソパシッケウカムイ・カムイカッケマッ
(家の上座隅の神・神々しい媼)
早坂駿
チセソケシシッケウカムイ・カムイエカシ
(家の下座隅の神・神々しい翁)
八幡一巌
チセソケシシッケウカムイ・カムイカッケマッ
(家の下座隅の神・神々しい媼)
早坂駿
チセペンノッカエプンキネカムイ・カムイエカシ
(棟の上手を守護する神・神々しい翁)
山口翔太郎
チセパンノッカエプンキネカムイ・カムイカッケマッ
(棟の下手を守護する神・神々しい淑女)
竹内隼人
ケトゥンニカムイ(三脚の神) 山丸賢雄
イレスナイ(ウヨロ川支流) 立石信一
財団を代表した総体的な祈り 野本裕二
財団の広場 米澤諒

 

 

4-9. 移動およびイナウ納め

 

▲写真9 イナウ納めの様子

 オメカプ(後祭)後、ヌサ(祭壇)をその場に置くことはできないということで、当館ポロチセのヌサに安置することとなり、建設予定地のヌサを撤収し、ポロチセのヌサまで運び、前に並べました。並べた順番は、ヌサ左側からケトゥンニ、シリコロカムイ、チセソパシッケウカムイ・カムイエカシ、チセソパシッケウカムイ・カムイカッケマッ、チセソケシシッケウカムイ・カムイエカシ、チセソケシシッケウカムイ・カムイカッケマッ、チセペンノッカエプンキネカムイ・カムイエカシ、チセパンノッカエプンキネカムイ・カムイカッケマッ、アペパスイ、アペイナウ、ポンストゥイナウ×6、コタンコロカムイ、ヌサイクシペです。

 

4-10. イナウ送り

 

▲写真10 チセコッエプンキネカムイ・カムイエカシとカムイカッケマッ

 

 地鎮祭で立てたイナウは、家屋が建つまでの間、各々が司るところを守護する役目を負っており、本来なら、その場に立てておくべきものですが、今回は工事の都合を考慮してイナウ類を回収し、ポロチセのヌサに安置しました。チセコッエプンキネカムイ・カムイエカシとチセコッエプンキネカムイ・カムイカッケマッは、神窓からポロチセ内に迎え入れ、ポンストゥイナウを3本ずつと供物を奉げました。そして、安置したイナウを神の国に送る準備ができた旨を報告し、チセコテノミが完了するまで見守ってくれたチセコッエプンキネカムイ・カムイエカシとチセコッエプンキネカムイ・カムイカッケマッに感謝と、神酒や祈詞を土産に真っ直ぐ神の国へと旅立ち、暫らく休養した後、再び役目を果たしに戻って来てくれるように祈りました。

 

4-11. 饗宴

 

▲写真11 弓の舞 ▲写真12 踏舞 ▲写真13 イオマンテリムセ

 

 祈りの後、送り出すカムイをもてなすため、余興として舞踊など披露しました。演目は、ムックリ演奏、ヤイサマ(叙情歌)、口承文芸、クリムセ(弓の舞)、エムシリムセ(剣の舞)、タプカラ(踏舞)、イオマンテリムセ(熊祭の踊り)と披露しました。

 

4-12. カムイホプニレ

 

▲写真14 カムイホプニレ後のヌサ前の様子

 饗宴後、チセコッエプンキネカムイ・カムイエカシとチセコッエプンキネカムイ・カムイカッケマッのイナウを神窓から送り出し、ヌサの前に置き、イナウㇽを解き、供物をまいてカムイホプニレが終了しました。

 

4-13. イナウノンカラ(木幣の様子を見に行く)

 

 ヌサに安置したイナウに異変がないか確認し、それぞれに感謝と改めて暫らく休養した後、再び役目を果たしに戻って来てくれるよう、念押しするように祈ってからヌサの裏側に納めました。次にヌサコロカムイ(祭壇を司る神)のヌサ(祭壇)にイナウノンカラの結果を報告し、シンヌラッパヌサ(祖霊祭の祭壇)にも祈りました。

 

4-14. オメカプ(飲み直す)

 

 ポロチセ内にて、協力してくれた神々に、一晩明けてヌサにも異常がなく、夢見による通知も特になかったことを報告し、今回日和よく無事に儀礼ができたことを感謝する祈りをしました。祈った神々は以下の通りです。

アペフッチカムイ(火の媼神)…藤村久和
チセコロカムイ(家を司る神)…山丸賢雄
イレスプンキヨカムイ(子育てを奉行する女神)…八幡一巌
イソプンキヨカムイ(獲物を奉行する女神)…早坂駿
チセアパエプンキネカムイ(母屋の戸口を守護する神)…竹内隼人
セムアパエプンキネカムイ(外の戸口を守護する神)…米澤諒
ロルンプヤラエプンキネカムイ(神窓を守護する神)…立石信一
イトムンプヤラエプンキネカムイ(採光窓を守護する神)…山道陽輪
ポンプヤラエプンキネカムイ(小窓を守護する神)…山口翔太郎
ロッタアペキヤンネカムイ(上座の火の姉神)…藤村久和
ミンタラコロカムイ(庭の神)…藤村久和

 

 これで今回行ったチセコテノミの全日程が終了となりました。

 

おわりに

 

 今回、写真でもわかるとおり儀礼の最中に大雪が降り、儀礼場となった建設予定地も遮る物が何もないポロト湖畔ということもあり、厳寒の中での儀礼となりました。実際は降雪による寒さよりも、晴天時の強風による寒さがこたえました。そんな厳しい環境の中、各自がやり遂げたことに大きな達成感を抱きました。

 現代社会において、このような大規模なチセコテノミを行う機会はほとんどなく、貴重な機会に恵まれたことは大変幸運であり、関係者各位に心から感謝いたします。

注1)今回実施した儀式の詳細は報告書としてまとめられる予定です。今回掲載したのはその速報であり、イナウ類を含め、今後検証が必要な情報を含むことをお断りしておきます。(本誌編集担当=安田益穂付記)

注2)板と棒と弓を使い火種を作る方法。棒に弓の弦を絡めて弓を前後させると回転するようにして、板と棒が回転することによる摩擦により火種を作ります。

 

〈参考文献〉
財団法人アイヌ民族博物館 2000『伝承事業報告書 ポロチセの建築儀礼』

 

[バックナンバー(木幡)

サパンペ(儀礼用冠)の製作について(木幡弘文) 2017.2

《映像資料整理ノート1》川上まつ子さんのサラニプ(背負い袋)づくり 2017.6

《映像資料整理ノート2》サラニプ(背負い袋)についての新資料報告 2017.7

《映像資料整理ノート3》忘れられた野菜「アタネ」について 2017.8

《トピックス》第29回 白老ペッカムイノミ(初サケを迎える儀式)を開催 2017.9

写真資料紹介》コタンコロクル像がやってきた(1979年) 2017.10

《資料整理ノート4》アイヌ文化における「ラヨチ(虹)」について 2017.12

《資料整理ノート5》アオバトに惑わされる?(前編) 2018.1
《資料整理ノート6》アオバトに惑わされる?(後編) 2018.2

 

 

 

 

《トピックス2》デジタル絵本ライブラリに新作5話を追加

 

 文:安田益穂

 アイヌ民族博物館ではこれまで、アイヌの物語を原作とする17話のデジタル絵本(アニメーション)を制作し、公開してきました(注1)。

 今年度、文化庁アイヌ語アーカイブ作成支援事業の協力を得て、3年ぶりに新作5話を追加しました(注2)。月末公開予定の1話を除き、ご覧いただけるようになりましたので、一足早くお知らせします。詳しい解説は本誌「今月の絵本」のコーナーで月1話ずつご紹介する予定です。

▶アイヌ民族博物館絵本ライブラリ(Youtube)

https://www.youtube.com/playlist?list=PLQMWbkwnUzwTAv6-_GOQ8qBCjtQdUkkYl

 いずれも沙流地方のアイヌ文化伝承者・川上まつ子さん(1912-1988)が遺した物語です。4話は民話(ウウェペケレ、散文説話、散文の物語・人間の物語等と呼ばれるジャンル)で、1話は神謡(カムイユカラ、神々の物語、ただし話者の地域ではメノコユカラと呼ばれる)です(注3)。原作は超大作から短編まであり、内容もバラエティに富んだ興味深い作品になっています。ぜひご覧下さい。

 

▲「ききんの神さま」(10分)

 

▲「エゾマツと魔鳥」(8分)

 

▲「あの世の入り口」(9分)

 

▲「おばあちゃんとヤマブドウ」(11分)

 

▲「白鳥の知らせ」(近日公開=4分)


注1)以下のコーナーで公開しています。

アイヌと自然デジタル図鑑>絵本と朗読(2015年)
アイヌ語アーカイブス>デジタル絵本(2008-2015年)
アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブ(2017年)*原話音声・対訳全文あり。画面下の「絵本」ボタンをクリック。

注2)文化庁アイヌ語アーカイブ作成支援事業によって作成しました。

注3)アイヌの口承文芸のジャンルについては、北原次郎太「アイヌの物語」をご覧下さい。

 

[今月の絵本 バックナンバー]

第1回 スズメの恩返し(川上まつ子さん伝承) 2015.3

第2回 クモを戒めて妻にしたオコジョ(川上まつ子さん伝承) 2015.4

第3回 シナ皮をかついだクマ(織田ステノさん伝承) 2015.5

第4回 白い犬の水くみ(上田トシさん伝承) 2015.7

第5回 木彫りのオオカミ(上田トシさん伝承) 2015.8

 

 

《今月の絵本6》「おばあちゃんとヤマブドウ」

 

 文・絵:安田千夏


はじめに

 

 昨年の秋に北海道博物館の知人から連絡があり「近年充実してきたアイヌ口承文芸を紹介したデジタル絵本やアニメの中からひとつのお話を選び、45分の解説をしてくださいませんか」と言われました。ふと思い立って「それならここ数年暖めていた題材があるので、自分で絵本を描きますからそれについて解説させてください」とお願いしたところ、快諾いただいたどころかそこから話がどんどん大きくなって、北海道立博物館の企画展「カムイとアイヌの物語」で完成品の絵本が展示される運びとなりました。この企画展は本年4月8日まで開催されていて、私の作品以外にもプロの方々制作4編の素敵なアニメーションが見られますので、お近くの方は是非いらしてみてください。

 そして今回は完成したばかりの私の作品について、やや詳しく解説をしてみたいと思います。なおこの絵本は、アイヌ民族博物館デジタル絵本シリーズの新作として公開中(前記事トピックス2参照)。他の作品とともにご覧いただけましたら幸いです。

▲写真1 北海道博物館チラシ

 

1.基本データ

 

 今回絵本にしたお話の基本データは以下の通りです。1時間40分にも及ばんとする長い長いお話ですが、聞き起こしをしていてもそんなに長い話だとは気がつきませんでした。何故なら笑いあり、涙あり、驚きありの目の離せない展開で、起こし終わった後には、主人公の女の子になりきってその人生を生き抜いたような、爽やかな充実感でいっぱいになったからです。

 所 在:アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブ「女の子を育てたおばあさんとクマの襲撃」
 話 者:川上まつ子(沙流地方 1912-1988)
 採録日:1987年10月22日
 採録者:伊藤裕滿(アイヌ民族博物館職員[当時])
 録音時間:1時間39分07秒

 

2.歌うように泣く?

 

 おばあちゃんに育てられた女の子が主人公。おばあちゃんの他に家族はなく、小さい頃はおばあちゃんがずっと歌を歌っているんだと思っていました。でも大きくなってみると、それは歌っているのではなく泣いているのでした…。

 これは散文説話の冒頭でしばしばみられる表現です。「歌うように泣く」。号泣していたのでも、声を出さずしのび泣きをしていたのでもなく、高い声で朗々と声を出しながら、悲しみが癒えるまで泣き続ける。でもこのおばあちゃんの悲しみは何年経っても癒えず、聞いている方が胸を締めつけられるような、悲しい悲しい声でずっと泣いている。その声をずっと聞きながら育った女の子だったのです。でもあまりにも幼かった女の子は、そこに込められている悲しみの感情に気づくことができず、ただの歌だと思っていたという、その無邪気さにかえって涙をそそられますね。それと同時に、聞き手は「この家には何かとんでもない不幸なことがあったんだな」と予測しながら話を聞き進んでいくことになります。やがて明かされる、おばあさんと女の子の過酷な人生とは。

 

3.神様との絆

 

 この女の子の家の近くにはヤマブドウが生えていて、秋になるとたくさんの実をつける場所がありました。女の子はその実りに感謝し、いつもツルのまわりをきれいに掃除するようにしていました。

 ここはとても大事な場面です。生物神に助けてもらうタイプの話では、神様の住むところをいつもきれいにしている心がけのいい人間、こうした人にこそ神様が目をかけて、危ない時に助けてくれるという展開のものが多いからです。この場面でも語り手は物語の大事な伏線として、ヤマブドウの神様と女の子の絆が結ばれたことを聞き手に伝えているのです。

 

4.水くみとリスクマネジメント(危機管理)

 

 やがて大きくなった女の子は、体の弱ってきたおばあちゃんの代わりに、家の仕事を率先してするようになります。小さい時はおばあちゃんが「危ないから」としぶっていた水くみもできるようになりました。あるとき水くみに川へ行くと、何か黒くて巨大な生き物が近づいて来て草むらに隠れるのを見ました。

 ここはさりげないですが重要な場面で、すでに女の子を助ける神様が登場していることに気がつきます。それはワッカウシカムイ(水の神様)。ここで敵の姿を女の子が目撃しておばあちゃんに報告したことが、その後に起きる大事件の結末を決めているのです。もしここで見つけていなかったら、ふたりは間違いなく不意打ちを食らって殺されてしまったことでしょう。でも心がけのいいおばあちゃんと女の子には、味方をしてくれる神様がたくさんいて、水の神様もそのひとつだったということなのでしょう。

 どうして水の神が助けたと思うかについてもう少し説明しますと、人間が何かをお願いする身近な神様としては、火の神様がよく知られています。でも野外、とっさの危険で火を焚く暇もなく助けを求める場合、それが水辺であれば水の神様、山の中であれば木の神様などであることは、散文説話のみならず、体験談としても語り残されているのです。「川で水をくむ時は、川の上流下流をよく見渡すようにしなさい。そこでいいものも悪いものも見つけられるものなんだから」というある伝承者の教えの中に、水くみの心得と、水の神様の頼り甲斐を感じるのです。

 

5.いよいよ語られる真相。でもどうして偉いはずのクマ神が悪いやつの言いなりに?

 

 女の子が見た黒い生物の正体は、女の子の家族の人望を妬んだ悪い村長に力を貸したクマ神だったのでした。妬みから逃れるために、この家族は村外れにぽつんと家を建ててひと家族だけで暮らしていたというのに、村長の妬みは凄まじく、山へ行ったところをひとりずつ襲われて、家族はクマに食い殺されてしまったというのです。そして今度は生き残りである自分達を見つけ出して殺しに来たということを、おばあちゃんは悟ったのでした。

 と、ここで疑問がわきますね。クマの神様って、アイヌ文化ではトップクラスの偉い神様なんじゃないでしょうか。それがあろうことか、悪者に加担して主人公の家族を殺すなんていうことがあっていいのでしょうか。

 その答えは、どんなに偉い神様も人間と同じように善と悪がある、要は心がけ次第ということなのです。悪い人間に加担するというのは、心がけの悪いクマ神にはじゅうぶんあり得ることです。また実際のクマも人を襲うことがあるというのと決して無関係ではないと思いますが、良いクマ神の話もある一方で、悪いクマ神の話もたくさんあるのです。「こんなクマには気をつけろ」というのが生活する上での重要な情報なのでたくさん語り残された、という現実的な理由を考えることもできるのではないかと思います。

 

6.見えないけど神様大活躍

 

 おばあちゃんは孫娘を隠し、悪いクマ神に真っ向勝負を挑みます。実際このようにして幼い子供を助けるため死んで行った家族のお話もたくさんあるので、聞き起こしていても、ここはとてもつらくて悲しいシーンでした。おばあちゃんは孫娘を助けるために死ぬつもりなんだ。なんと気高い…(涙)。しかしじつはこのおばあちゃんはしたたかで、人知れず勝算があったのです。クマの襲来を察知し、事前に家にいる火の神様、窓や戸口の神様、そしてヤマブドウのツルの輪を戸口や窓にたくさん引っ掛けて、ヤマブドウの神の力も借りようとしています。周到に色々な神様に危機を告げ、助けてくれるように事前に頼んでおいたのでした。でも聞き手には「おばあちゃんは一体何をやっているんだろう」ぐらいにしか見えませんね。

 「万が一自分が死んでも生きろ」と言うおばあちゃんに、主人公は「自分も死ぬ」と泣きつきますが、突き飛ばされて叱られてしまいます。孫娘を守りたいというのはもちろんですが、この世に肉親や縁者を残すということは生きる者にとって最重要の使命なので、それを果たそうとしての行動です。この世からあの世に向けて供養してもらうということはとても大切なことで、「抗いがたい運命で死にゆく人が供養してくれる相手を確保する」ことをテーマにした散文説話も少なからずあります。このおばあちゃんも主人公以外の家族を失った時に、悲しくて自分も後を追って死んでしまおうと思ったものの、もしあの世に行って死んだ家族と再会したら、責任を全うしなかった自分は叱られてしまうから思いとどまった、と自ら語るシーンがあるのです。

 そしてその夜。恐ろしいクマの顔が玄関に現れた途端、おばあちゃんは突如スーパーおばあちゃんとなり、素早く真っ赤に焼けた槍をつかみ、クマめがけて突進していきます。「えええ!」と聞いているこっちも目が点になるような展開で、話者の巧みな話術にやられた感が半端ありません。さっき泣かされたのは何だったんだ…!

 このとき人間には見えていませんが、おばあちゃんが素早く動けるように手を貸している、さっき助けを求めた家の中の神々がいます。そしてクマの手や体のあちこちに引っかかり、家への侵入と反撃を阻止したヤマブドウの神様の働きが決め手となり、おばあちゃんは無傷のまま見事クマに勝利しました。そしてクマは遺体損壊の罰を受け、神として生きる道が閉ざされ、化け物の類のように湿地の国に蹴落とされてしまいます。悪い者に加担した神の末路は無残なものなのです。

 

7.物語の終わり方

 

 ところでこうしたタイプのお話では、事件の後で主人公やその家族の夢に人間の姿をした神様が出て来て「あの時助けたのは自分なのです。これからも私を祭ってくれたらあなた達家族を守ります」と種明かしをして、その家系では助けてくれた神様を祭ることになりましたという展開になることが多いのですが、この話ではヤマブドウをはじめとした、明らかに助けてくれた神様が誰一人として姿を見せないという特徴があります。それがどうしてなのかはわかりませんが、他の同種の話をよく見てみると、後段の「神様を祭る」部分が抜けていたり、または神との絆を示す前段が抜けていたりするケースがあります。でもこのお話全体を見渡してみるとやはりトータルパッケージとして神に助けられた話なのであり、主人公もヤマブドウや他の神様達に感謝しながらその後の人生を生きるという締めくくりになっています。

 物語の終盤、もう泣くことはなくなり穏やかに笑うようになったおばあちゃんの笑顔に救われる思いがします。そしてやがて眠るように、懐かしい家族の元へ旅立って行くのです。死に別れることは悲しいですが、それは生きる者に等しく訪れる運命。めでたしめでたしのお話、というわけなのでした。

 

8.このお話から学ぶ「自然と共に生きる」とは

 

 今回の絵本化は、そもそも冒頭で触れた知人=アイヌ民族文化研究センター長小川正人氏の「(アイヌ文化における神という)大事なテーマについて、ふだんの博物館の展示ではどうしても概説的な説明だけになっていてもどかしい」という呼びかけに共感するところから始まりました。「アイヌ、自然と共に生きる人々」というひと言では伝えきれない、神々と人の絆が描かれた口承文芸の世界を、もっと深く詳しく紹介できないものだろうかと。

 このお話にみるように「主人公が逆境に負けず、人として人らしく生きることにより、目をかけてくれた神の力を借りて苦難に打ち勝つ」というのが散文説話では典型のひとつであり、それが「自然(=神)とともに生きる」ということの簡潔な説明になっているような気がするのです。

 今回この素敵な話をそのまま、何もつけ加えず、話者の語りの通り絵にするということを心がけました。その結果ギャグマンガみたいになってしまった場面もありますが、それは話者が全力で笑わせに来ているためにそうなったのです。こうして聞き手は笑いながら、泣きながら、驚きながら楽しんでお話を堪能し、神と人との絆について学び、自分も神に守られるに値する人間であろうと思う。口承文芸を聞く醍醐味というのは、その辺にあったのだろうと想像するのです。

 

9.ヤイライケイタク(謝辞)

 

▲写真2 人物相関図

 北海道博物館のスタッフの皆さん。アイヌ文化を紹介する模範になるような企画展に参加できたことに、心から感謝いたします。この人物相関図を見てもわかる通り、アイヌ文化の専門家による「伝えたい」という熱意は豊富なアイデアにつながり、素晴らしい展示を生み出してくださいました。

 音楽の千葉信彦さん、ナレーションの今津朋子さん、子供時代を熱演してくださったSatohaさん。たくさんのカムイ(?)の助けがありました。記して感謝申し上げます。

 企画展は4月8日まで絶賛開催中。春休みの子供達にもぜひ見て欲しいと思っています。なお今回の話は、北海道博物館3月10日アイヌ語講座「見てみよう!カムイとアイヌの物語②」において、絵本の解説として筆者が話したことのダイジェスト版です。絵本で説明しきれなかったことを解説で補足するという二段構え。これもまた素晴らしい企画でした。

▲写真3 講演の様子

▲写真4 おまけ展示

 

[バックナンバー]

《図鑑の小窓》1 アカゲラとヤマゲラ 2015.3

《図鑑の小窓》2 カラスとカケス   2015.4

《図鑑の小窓》3 ザゼンソウとヒメザゼンソウ 2015.5

《自然観察フィールド紹介1》ポロト オカンナッキ(ポロト湖ぐるり) 2015.6

《図鑑の小窓》4 ケムトゥイェキナ「血止め草」を探して 2015.7
《自然観察フィールド紹介2》ヨコスト マサラ ウトゥッ タ(ヨコスト湿原にて) 2015.8

《図鑑の小窓》5 糸を作る植物について 2015.9

《図鑑の小窓》6 シマリスとエゾリス 2015.10
《図鑑の小窓》7 サランパ サクチカプ(さよなら夏鳥) 2015.11

《図鑑の小窓》8 カッケンハッタリ(カワガラスの淵)探訪 2015.12

《図鑑の小窓》9 コタンの冬の暮らし「ニナ(まき取り)」 2016.1

《図鑑の小窓》10 カパチットノ クコラムサッ(ワシ神様に心ひかれて) 2016.2

《図鑑の小窓》11 ツルウメモドキあれこれ 2016.3

《図鑑の小窓》12 ハスカップ「不老長寿の妙薬」てんまつ記 2016.4

《図鑑の小窓》13 冬越えのオオジシギとは 2016.5

《図鑑の小窓》14「樹木神の人助け」事件簿 2016.6

《図鑑の小窓》15 アヨロコタン随想 2016.7

《図鑑の小窓》16「カタムサラ」はどこに 2016.8

《図鑑の小窓》17 イケマ(ペヌプ)のおまもり  2016.9

《図鑑の小窓》18 クリの道をたどる 2016.10

《図鑑の小窓》19 くまのきもち 2016.11

《図鑑の小窓》20 エンド(ナギナタコウジュ)のつっぺ 2016.12

《図鑑の小窓》21 わけありのラウラウ(テンナンショウの仲間) 2017.1

《図鑑の小窓》22 春待つ日々のサクラ4種 2017.2

《図鑑の小窓》23 タクッペ(やちぼうず)の散歩 2017.3

《図鑑の小窓》24 カッコク カムイ ハウェ コラチ(カッコウ神の声のように) 2017.6

《図鑑の小窓》25 トゥレプ(オオウバユリ)とトゥレプタチリ(ヤマシギ) 2017.7

《図鑑の小窓》26 オロフレ岳と敷生川のミヤマハンノキ 2017.8

《図鑑の小窓》27 ムクという名の野草について 2017.9

《図鑑の小窓》28 ヤイニ ヤクフ(ドロノキの役目) 2017.10

《図鑑の小窓》29 植物のアイヌ語名から読み取れること 2017.11

《図鑑の小窓》30 カラ類たちの窓辺 2018.1

《図鑑の小窓》31 シマフクロウとフクロウ 2018.2

 

 

 

 

《アイヌの有用植物を食べる 10》ギョウジャニンニク(前編)

 

 文:新谷裕也

 

はじめに

 

 少しずつ暖かくなってきて春の香りがしてきましたね。待ちに待った春まであと1ヶ月と少し、早くおいしい山菜が食べたいものですね。さて、今回は少し早いのですが、春の山菜を紹介します。アイヌ文化ととても関わりが深く、山菜としても知名度の高い野草、ギョウジャニンニクです。ギョウジャニンニクとアイヌ文化の関りを前編・後編に分けて紹介します。

 

1. ギョウジャニンニクとは

 

▲写真1:ギョウジャニンニク

 ギョウジャニンニクはネギ属の多年草で、茎や葉から強いニンニク臭を放ちます。とても成長が遅い植物で、発芽してから花を咲かせるまでに7年ほどかかります。雪解けとともに芽を出し、十分成長したギョウジャニンニクは7月頃に開花します。名前の由来は諸説ありますが、更科源蔵の『コタン生物記Ⅰ 樹木・雑草編』では「昔の山岳信仰の行者たちにとって、この山菜が荒行に耐えるための精力をつけるのに、なくてはならないものであったところから生まれた名である」と書かれています。

 山菜としては、別名「ヒ(キ)トビロ」や「アイヌネギ」という名前で売られていることもあります。春を代表する味として人気があり、現代風にはジンギスカンと一緒に焼いたり、卵でとじて食べたりします。

 アイヌ語では「キト」「プクサ」「フラルイキナ」と呼ばれ、昔から盛んに食べられており、更にその独特のにおいは魔除けにも用いられています。ギョウジャニンニクは薬として風邪をひいたときや肺病・肋膜炎・腎臓・食傷・下痢等の病気にかかった際に煎じた汁を飲んだり、またギョウジャニンニクをゆでた湯気を吸いこむと良いとされていました。他にも火傷・凍傷・痔・打身の際には煎じた汁で患部を洗いました(知里1995)。食用としては主に汁物の具として食べられますが、そのまま生で食べたり、おかゆや混ぜご飯にして食べていました。採取した後は葉の部分を適当な大きさに切ってから乾燥させ、茎は何本かに束ねてサラニプ(編み袋)に入れて保存しておきます。

 

2. オオウバユリとギョウジャニンニクの昔話

 

 アイヌ文化では、ギョウジャニンニクはオオウバユリ、ハルイッケウ(食料の要)と呼ばれ、アイヌの食文化の中心としてとても大切に扱われており、次のような伝承も語り残されています。

 幌別地方に伝わるアイヌの物語にこの様なものがある。

『俺は立派な酋長で立派な妻を持ち仲良く暮らしていた。するとある日次のような噂が聞こえて来た。――東の方から、小さな女が小娘を連れて、村ごとに酋長の家を訪ねて泊まり込み、お椀を借りては物陰に行ってその中に脱糞し、酋長に食べて頂戴と言って差し出す。酋長が汚がって食べないと、ひどく怒って散々に罵倒しながらまた次の村へ来て、同じことを要求しつつ、今はもうこの村の近くへやって来ている――というのだった。もしそれが事実なら、俺の村だけ避けて行くわけはないと思ったので、俺は心の中で、火の媼神や家の神や憑き神たちに聞かせて、神様というものは何事でもご存知なのだから、噂の女どもがもしも悪性の者ならば、この村へは向けさせないでくれるようにと、ひたすら念じていた。妻も俺の身を案じて、ひどくしょげきっていた。

 するとある日、戸外で犬の吠える声がした。妻が戸口へ出てからすぐ戻って来て、例の女どもがいよいよやって来たと告げた。それでは座席など整えてお入れ申せ、と俺が言うと、妻はいまいましげにざっと客席のちりを払ってから、女どもを案内して来た。見ればなるほど小さな女ではあったが、悪性の者とは更に見受けられず、続いて入って来た小娘と共に神貌をそなえているように思えた。左座に並んで座った。俺が会釈すると、2人ともひどく喜んで、炉の火に当たりながらよもやま話を始めた。聞いているとそれが皆神々の噂ばかりであった。

 俺も良い話題ばかりを選んで話していると小女が話の隙をとらえて、お椀を貸して下され、という。貸してやると聞きしに違わず、物陰へ向いて何かごとごとしていたが、やがて大椀にいっぱい何かしらどろどろした変なものを入れて、俺の前へ差し出した。人間の汚物なら悪臭を発しそうなのに、悪臭どころか、うまそうなにおいがぷんぷん鼻をついた。押しいただいて食べてみると何とも言われぬ良い味。独りで食べるのも惜しいので、食べさしを妻に伸べると、妻も押しいただいて受け、大変うまそうに食べたのであった。それを見た女たちは非常に喜んで、にこにこしながら歓談を交え、やがて妻が敷いた花ござの寝床に入るのだった。

 俺たちも良い気持ちで寝につくと、いつかぐっすり寝入ってしまった。すると、枕がみに先刻の女たちが立っていて、小女の言うことはこうだった。

 「これウラシペッの酋長どの、よく聞かれよ。私どもは人間でもなく、また悪神でもない。私はオオウバユリの頭領、これなるはギョウジャニンニクの頭領である。太古国造りの神が国土を造りたまいし時、人間の国土の表の、野にも山にも一面に、人間に食べさせようとて、木の実・草の葉・草の根など用意しておかれたのに、人間どもはその大部分が食べ物であることを知らない。中でもギョウジャニンニクとオオウバユリは食糧の中心だったのに、採る人もなしに、年々歳々人間の国土の山野に花を開いてはむなしく散って行く。そしてその霊魂が泣きながら神の国へ帰るのだ。それが悲しいので何とかしてオオウバユリもギョウジャニンニクも食べれるものだということを人間に教えて自らも神に祭られたいと思い、人間の女に化けてこれなるギョウジャニンニクの頭領と一緒に東の方から人間の国土をやって来たのだが、人間どもはあまりに愚かで、ただ汚いとばかり考えて私たちの食糧を試みに食べてみようともしない。それで憤慨しながら御身の所へ来たのだが、御身も私たちの食糧を食べない場合は、もはやこれまでと諦めて、一族を引き連れて神の国へ引き揚げようと決心していたのだ。しかるにさすがは代々音に響いていたウラシペッの酋長の裔だけあって、私たちの食糧を汚がりもせずに食べてくれた。心からありがたく思う。御身のおかげでこれからは神となれるのだ。オオウバユリの食糧やギョウジャニンニクの食糧の採取法調理法を御身は学んだのだから、今よりは遠い村近い村にもそれを伝えるがよい。ギョウジャニンニクの食糧を守護神として祭るならば、いかなる疾病にもかかることなく、子々孫々繁栄するであろう。御身はいと賢く、心もよいから、今より一層立派な首領になるであろう」

 と言ったかと思えば夢さめたのであった。妻も同じ夢を見たのであった。最前の女たちの寝床を見ればもぬけのからだった。

 そこで幾度も手を揉んで礼拝し、妻と共に里川に沿って行ってみると、言うがごとくオオウバユリと称するもの、ギョウジャニンニクと称するものが、地面を覆うて見渡す限り繁茂していた。そこで妻と一緒にコダシいっぱいオオウバユリの根やギョウジャニンニクを採って来て、オオウバユリの根は臼で搗いて澱粉を取り、残った粕は干して団子にした。そして村の人や遠い村近い村の人々にも教えたので、今では同族も異族もこれらの食糧を知って、大いに俺を徳としたのであった。神様も俺たちを見守って下さるとみえて、まるで何か上から降って来るように、限りなき長者となって、多くの子供を持ち孫を持ち、「どんな飢饉があっても疫病がはやっても、オオウバユリやギョウジャニンニクがあるおかげで、村が立って行くので、子々孫々に至るまで、ゆめゆめオオウバユリとギョウジャニンニクとを忘れず、食糧として暮らして行きなさい」と教訓しつつ今は極楽往生を遂げるのだ。――とウラシペッの酋長が物語った。』(知里1953)

 

 この伝承は、ギョウジャニンニクとオオウバユリが人の姿に変身して、自分たちは食の中心になるくらい大切な食料であるとアイヌに教えるという話ですが、こうした伝承のタイプは他にもあります。例えば難破船の酒樽の女神であったり、人々から食用、飲用になることを忘れられた神々が、存在を気づいてもらうために人の姿に変身して村々を徘徊するというストーリーで、類話が少なからず採録されています。

 

3. 山菜取りで気をつけること

 

 4月になると雪も溶けだし、待ちに待った山菜取りの季節になります。取って楽しい食べておいしい、とても素晴らしい山菜取りですが、なんの知識もなく山に入り、山菜を取りに行くのは大変危険です。マナーや注意しなければいけないことがありますので、ここで紹介します。

①他の植物(毒草)と間違えないように

 山菜と毒草を間違えて食べてしまい、食中毒を起こす事故が毎年のように発生しています。ギョウジャニンニクとスズラン又はイヌサフラン、ユキザサとスズラン、ニリンソウとエゾトリカブトなどを間違えて食べてしまい、最悪の場合死亡するという事故が起きてしまうのです。山菜を食べる前に、下記のようなチェックポイントを確認してから食べるようにしましょう。

〇見分け方

ギョウジャニンニク:スズランやイヌサフランと見た目は確かに似ていますが、ギョウジャニンニクは何よりもニンニクのような強いにおいが特徴的です。他の似た野草にはこのにおいはありませんので、見分けに自信がないときは、取った時に必ず切断面のにおいをかいで確認するようにしましょう。

ユキザサ:スズランと見た目が似ていますが、ユキザサには茎と葉に白い産毛のようなものがついています。スズランにはありませんので、確認してから採取しましょう。

ニリンソウ:エゾトリカブトと見た目は本当にそっくりなので(写真2)、もし不安なら取らないのが一番です。何故ならトリカブトの毒性は最強クラスで、最も危険な野草の部類だからです。ニリンソウ群落の中にエゾトリカブトが紛れていることもありますので、見分けに自信がない場合は、ニリンソウ特有の白いつぼみがついてから採取するようにしましょう(写真3)。または、採取する時期を少しずらして、エゾトリカブトが成長してニリンソウより少し丈が長くなるのを待ってから採取しても良いでしょう(写真4)。

▲写真2:エゾトリカブト(左)とニリンソウ(右)

▲写真3:ニリンソウの白い花

▲写真4:ニリンソウ群落の中に紛れて成長したエゾトリカブト

②根ごと掘らない

 山菜を採取するときは根ごと取らないようにしましょう。キバナノアマナやオオウバユリなど、根や球根を食べる山菜もありますが、ギョウジャニンニクやニリンソウは根を食べませんので、採取するときは根を残し、茎の部分を刃物で切って取りましょう。根を残しておくとそこから新たに芽が出ますが、根ごと取ってしまえばもうそこには山菜は生えてきませんので、その点には配慮しましょう。

③枝ごと取らない

 6月頃には山菜の王様と呼ばれるタラの芽が出てきます。タラの芽はタラノキの枝先、比較的高い場所に芽を出します。更にタラノキにはとげがあるので、採取するのは本当に大変ですが、だからといって枝を折ったり切ったりして採取するのはやめましょう。枝を折ったり切ったりしてしまうと、そこからはもう新しい芽は出ません。毎年6月頃に山に行くと、タラノキの枝が折られていたり、切られていてとても悲しい気持ちになります。取るのは芽だけとし、しかもその後のタラノキの成長を考えて、できるだけ傍芽は残すようにしましょう。

④全て取りきらない

 もし沢山取れるような場所があっても欲張らず、自分で食べる分だけを取って、全部取らずに残すようにしましょう。ギョウジャニンニクは採取できるくらいまでに成長するのが遅い野草です。たくさん生えているからといって全部取ってしまうのではなく、成長過程を見て、自分が食べる分だけを取りましょう。アイヌ文化でも、自分たちが使う分だけ取り、残りは他の動物達や来年のことを考えて残しておくという教えが伝承されています。欲張って全部取ってしまうとその土地の神が怒って、そこには二度と植物は咲かなくなると筆者は昔祖母に教えられていました。植物は人間以外の動物も食べるので、自分の事だけではなく、他の人や動物のことも考えましょう。

⑤2枚葉を取る

 多年草であるギョウジャニンニクは、発芽してから3~4年は葉が1枚で、5年目くらいからやっと2枚葉になります。それ以上年数が過ぎると葉が増え花を咲かせます。味も太さも2枚葉になってからの方が良いので2枚葉を取りましょう。1枚葉の段階ではまだ取らずに、2枚葉になるまで待ちましょう。

⑥熊に気をつける

 春の山は、熊が冬眠から目覚めて食料を求めている季節です。熊は基本的には臆病な動物なので、人間が近くにいるとわかると自分からは近づいてきません(※1)。なので、人間が近くにいることを知らせるために、大声を出す、笛を吹く、ラジオをかける、鈴を持ち歩く(※2)、木の棒で木を叩いて音を出すという行動が効果的だと言われています。

 熊が人間を襲うときは3つの要因が考えられると言われています。①人をその場から排除するため。②人間にじゃれるためや、空腹からくる苛立ちのため。③人間を食べるため。

 ①は熊のテリトリー内に入ったり、熊の餌が近くにあった場合に熊が人間を襲うので、そこに近づかなければ大丈夫だと言われています。②と③は人間が近くにいることがわかると熊の方から寄ってくるので、かなり注意が必要です。熊が近くにいるという目印としては、真新しい排泄物や木についた爪痕、風に乗って流れてくる「けもの臭」があります。これらを見たり感じたりしたらすぐに引き返しましょう。熊に出くわしてしまったら、目をそらさず、背中を見せないようにゆっくりと後退をします。熊は逃げるものを追う習性があるので、背中を見せて逃げると追ってきます。時速60キロくらいで走れるので、人間の足では走っても逃げ切れません。

⑦採取可能な場所で取る

 これは当たり前のことですが、他人の土地に勝手に入ったり、採取してはいけないと書かれている場所では絶対に取らないようにしましょう。但しポロト自然休養林のように「自分で食べる分の山菜なら採取しても良い」という国有林もあるので、事前に調べてから山菜を採取するようにしたいものです。

⑧山に入るときの服装

 山に入るときは、ダニや虫に噛まれないように長袖長ズボンで行きましょう。服の色が黒いと蜂に刺されやすくなるので、黒い服は避けるようにします。タオルを首に巻いておくと、汗も拭けますし、首から虫が侵入するのも防げます。更に熊に出会ってしまったときに、人間のにおいがついたタオルで熊の注意をそらすことができるので、タオルも持っていきましょう。アイヌ文化でも、山に入って熊に会ってしまったら、タラ(荷縄)を投げつけます。すると、蛇が嫌いな熊はタラを蛇だと勘違いしてひるみます。その隙に逃げるという伝承があります。靴はできれば登山用の靴があれば良いですが、なければ動きやすく頑丈な靴がいいでしょう。地面がぬかるんでいる時は長靴を履いていくと良いです。帽子は日射病予防にもなりますし、転んだときや枝が落ちてきた時も頭を守れるのでかぶりましょう。素手だと、とげや山菜のアクで手がべとべとになってしまうので、軍手または手のひらがゴムでコーティングされている手袋が望ましいです。飲み物や道具、取ったものを入れるリュックサックを背負っていきましょう。

 

4. ギョウジャニンニクの採取方法

 

 ギョウジャニンニクは生えている場所さえわかれば見つけるのは簡単で、毎年山菜取りに行く人は、遠く離れていてもギョウジャニンニクを見つけることができます。葉が濃くて綺麗な緑色をしているので、昼間の太陽が出ている時は、葉に光が反射して光って見え、近くに行けばすぐに見つけることができます。鼻が良い人は、その香りだけで見つけられると言います。見つけたら以下の手順で採取しましょう。

①ギョウジャニンニクかどうかを確認する。
②葉の数を確認する。
③ギョウジャニンニクが生えている場所の土を少し掘る。
④根に近い茎を刃物で切って取る。

 このようにすれば根を地面に残したまま採取することができます。一番気をつけなければいけないのは、前述した他の毒草と間違えることなので、しっかり確認してから採取しましょう。筆者の経験上、ギョウジャニンニクは絶壁のような斜面や人が上がれないような高い場所に大きくて綺麗な状態で生えていますが、これは見つけても動物も人間も誰も取れないためにそうなっているのです。無理して取りに行くと取り返しのつかないことになりますので、残念ですが諦めましょう。

 

5. おわりに

 

 今回はギョウジャニンニクとアイヌ文化の関りと採取方法の紹介、山菜取りに行くときの注意点を紹介しました。調べていると、食料にも魔除けにも薬にもなって、オオウバユリと共にギョウジャニンニクはアイヌにとって本当に欠かせない植物だったことが改めて理解できました。春になると山菜取りに行く方は多くいることと思いますが、ぜひ今回紹介した注意点を踏まえて山に入って下さい。

 次号はギョウジャニンニクの調理について紹介します。

※1:人間に興味がある熊や、人間の持っている食料を狙っている熊、人間を食べようとしている熊は近づいてきます。

※2:こうした音に熊が慣れてしまう場合もあり、逆に人間の側が鈴やラジオの音で周りの音が聞こえづらくなり、熊が近づいていても気づかないこともあるので、油断は禁物です。

参考文献・データ

・知里真志保『分類アイヌ語辞典 第1巻 植物篇』日本常民文化研究所(1953年)
・更科源蔵、更科光『コタン生物記Ⅰ樹木・雑草篇』法政大学出版局(1976年)
・アイヌ民族博物館『アイヌと自然デジタル図鑑』(2015年)

  

[バックナンバー]

《伝承者育成事業レポート》イパプケニ(鹿笛)について 2017.1

《アイヌの有用植物を食べる》1 オオウバユリ(前) 2017.6

《アイヌの有用植物を食べる》2 オオウバユリ(後) 2017.7

《アイヌの有用植物を食べる》3 ヒメザゼンソウ 2017.8

《アイヌの有用植物を食べる》4 ヒシ 2017.9

《アイヌの有用植物を食べる》5 キハダ 2017.10

《アイヌの有用植物を食べる》6 チョウセンゴミシとホオノキの実 2017.11

《アイヌの有用植物を食べる》7 コウライテンナンショウ 2017.12

《アイヌの有用植物を食べる》8 保存食 2018.1

《アイヌの有用植物を食べる》9 ナギナタコウジュ 2018.2

 

 

 

 

《自然活動日誌7》コタンの樹木案内の実施について


 文:堀江純子

 

はじめに

 

 アイヌ民族博物館の敷地内の木を巡りながら樹木とアイヌの関わりについて紹介する「コタンの樹木案内」を2016年より実施してきましたので、ここまでの成果について報告いたします。

 2017年度は3月12日までに16回実施し、白老町内や札幌市、遠くは岐阜県や海外から延べ76名の参加がありました。

 これまでに取り上げた植物はアカエゾマツ、イタヤカエデ、イチイ、エゾヤマザクラ、オニグルミ、オヒョウ、カツラ、キタコブシ、ツルウメモドキ、トドマツ、ナナカマド、ノリウツギ、ハマナス、ハンノキ、ヤチダモ、ヤマグワ、ヤマブドウ、ヤマモミジなどです。

 ポロト湖畔の自然とチセは野外博物館であるアイヌ民族博物館に欠かせない展示要素です。博物館の敷地内には針葉樹、広葉樹、園芸種など20種類以上の樹木があり、芽吹きから紅葉、積雪期まで彩りを添えてくれます。水辺にはゴザの材料にもなるサンカクイ、アイヌ語名がつけられているミクリなどの植物たちが群生し、水生生物のすみかとなっています。1本の木が視界にあったとしても、それがアイヌの世界とどのように結びついているかは、案内がなければ連想しにくいものです。コタンの樹木案内は、自然と博物館の展示をつなぐために考案されたプログラムです。

▲写真1 夏 繊維をとるためにオヒョウの内皮を浸けているポロト湖畔、手前にはカヤツリグサ科サンカクイ

 コタンの樹木案内は野外博物館ならではの体験学習として「体感」することを念頭に置き、実施してきました。

 樹皮から繊維をとるオヒョウ。その幼木は敷地内でも目立たない場所でひっそりと成長を続けています。オヒョウは白老町周辺ですと山地の沢沿いなどで見られますが、シカの食害により樹皮が丸裸にされ枯れている事例も多く、仮にシカにとって足場が悪くて近づけない沢沿いに見つけても、私たちも近づけません。また、高木で葉に手が届かないために観察が困難などの問題がありますが、敷地内では容易に近づき、触れることができます。

 そこでは、シカの食害のこと、葉の先が王冠のように割れることがある特徴を説明し、ざらざらしている触感も体感してもらいます。さらに、繊維ができるまでの処理方法も詳しく紹介します。

 他にも小刀や民具の接着剤になるトドマツの松脂を取り出して粘りを見たり、香りを嗅いだり、ハマナスやヤマグワの果実を口に含んでみたりもします。また、弓や矢筒をより丈夫にするために巻くサクラの樹皮に地衣類(菌類と藻類の共生体)が付着するのは空気がきれいな証だと話しました。

 生態や利用方法のほかに、物語のなかで描かれる樹木についても紹介しています。アイヌの神話に登場する樹木は、カムイが暮らす世界で、人間と同じ姿で生活しています。ハルニレは美しい女性であったり、樹皮が浅く裂けるカツラは縮れ毛の女性であったりします。主人公がアヨロとポロシリにクリをまいたという神話は、現在のクリの分布と重なります。このように、生息域や生態的な特徴が物語の中でも表現されていることも紹介してきました。

▲写真2 春 丸木舟とカツラ

 2020年にオープンする民族共生象徴空間でもポロト湖畔の自然が活かされることを願います。民族共生象徴空間の外にも谷地坊主のある湿地や湧水地、自然海岸にある砂丘、川を埋め尽くすようにサケの遡上する河川といった、アイヌ文化の世界を感じられる自然景観が充実しており、白老町の魅力となっています。そして、伝承活動の基盤ともいえる自然環境を保全していくことも必要だと考えます。

 まずは、身近な自然に目を向けて、そこから豊かに広がるアイヌ文化の世界へぜひ入って欲しいです。そんな思いで実施しているコタンの樹木案内です。3月31日まで受け付けしております。お気軽にお申し込みください。

 ご参加くださった皆様、イヤイライケレ!

 


 2018年の1月と3月のコタンの樹木案内は、伝承者育成事業の研修として4期生の皆さんに担当してもらいました。1月には伝統音楽の研修とコラボしてトドマツにちなんだ歌も披露してくれました。以下は、3月10日に実施した4期生の感想です。

▲写真3 イヌエンジュを紹介する様子

イヌエンジュ担当 早坂 駿

 イヌエンジュは独特な匂いのする木です。参加者の方に実際に匂いを嗅いでいただいたところ「青臭い」という感想が多く聞こえました。この匂いは「病魔も鼻を曲げるほど」といわれ、アイヌは村の入り口などに、病気を寄せ付けないようにこの木を加工したものを置きます。

 今回の樹木案内を通して、専門的な言葉は皆さんが理解しやすい言葉に置き換える必要があると感じたので、今後経験を重ねて改善してきたいと思います。


▲写真4 巻きひげの規則性を説明している様子

ヤマブドウ担当 川上さやか

 アイヌ民族はヤマブドウの実を食べ、内皮で鞄や靴などを作りました。

 クルクルとした巻きひげは冬芽とセットで節から生えますが、必ず生えるわけではなく「生えない、生える、生える」という大体の規則性があります。それが「ズン・チャッ・チャッ」というワルツのリズムと同じことを紹介したところ、皆さんにとても喜んでいただけました。こんな風に皆さんと一緒に楽しみながら、自分もいっぱいアイヌと植物について吸収していきたいと思いました。


▲写真5 エゾヤマザクラの樹皮を説明する様子

エゾヤマザクラ担当 篠田マナ

 アイヌ語名、カリンパニ(エゾヤマザクラ)を紹介しました。

 まだ冬であるこの時期は葉も花もついてない状態なので、皆さんには主に、樹皮に注目していただきました。サクラは日本人にとってなじみ深いので、日本文化とアイヌ文化それぞれの樹皮の利用方法を紹介しました。そして、実際に樹皮を使ったマキリ(小刀)を皆さんに触ってもらったところ、とても喜んでいただけたようで嬉しかったです。


▲写真6 ヤチダモを紹介する様子

ヤチダモ担当 米澤 諒

 ヤチダモは伝承者育成事業の研修で最初に特徴を覚えた木です。

 参加者の興味を引けたのは、木の太さが私のお腹回りと同じだと説明したときと、雌雄クイズを出したときです。近くに雄株と雌株があって、実がついていた柄も残っているのでクイズを出しました。ヤチダモが出てくる物語も紹介しました。

 ヤチダモの魅力を皆さんに伝えられるか不安でした。そのため、楽しんでもらえるよう心がけました。皆さんの笑顔をたくさん見られたので伝わったと信じています。


 

参考文献
・アイヌ民族博物館『アイヌと自然デジタル図鑑』(2015年)
・更科源蔵、更科光『コタン生物記Ⅰ樹木・雑草篇』法政大学出版局(1976年)
・広沢毅、林将之『冬芽ハンドブック』文一総合出版(2010年)

 

《自然活動日誌》バックナンバー

1 「アイヌの狩り体験」報告 2015.4

2 「GW自然ガイド」報告 2015.5

3 オヒョウの採取と処理 2015.6

4 しらおい夏の川塾 2015.8
5 かんじき体験 2016.4
6 ポロト自然休養林40周年 2016.11

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