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月刊シロロ

月刊シロロ  7月号(2017.7)

 

 

 

 

《トピックス》必携書が身近に! 萱野、田村両アイヌ語辞典をネット配信

 

 文・安田益穂

 

 

1.はじめに


 アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブではこのほど、アイヌ語辞書2冊をWEB公開しました。萱野茂『萱野茂のアイヌ語辞典』と、田村すず子『アイヌ語沙流方言辞典』です。アイヌ語アーカイブのページ右上の「辞書検索」窓から利用できます。

 1996年に発行された両著は、前年発行の中川裕『アイヌ語千歳方言辞典』とともに、その後のアイヌ語・文化復興の流れを牽引し、脇から支え、後押ししてきました。発行から20年余、両著とも最も信頼できるアイヌ語辞書として不動の評価を得ています。インターネット配信を契機に今まで以上に多くの皆さんに活用されることを願います。

 なお、今回のインターネット配信の実現には、著者のご遺族や出版社のご理解がありました。萱野れい子氏、萱野志朗氏、田村洋一氏、株式会社草風館の内川喜美子社長には心より感謝申し上げます。

 利用にあたっては、特に以下の点に留意して下さい。

⑴ インターネット版はあくまで参考資料であり、原著に代わるものではありません。引用などでは原著にあたることが原則であり、インターネット版はその正確性を保証するものではありません。

⑵ インターネット版は著作権者の許諾を得て公開しています。著作権法に定められた引用などを除き、著作権者に無断で複製・頒布するなどの行為は著作権の侵害にあたります。

 以下にインターネット版についてご紹介します。

 

2.著者の声でよみがえる『萱野茂のアイヌ語辞典』

 

▲左=2002年増補版、右=1999年CD-ROM版 三省堂発行→三省堂ホームページ

 萱野 茂氏(1926年- 2006年)は改めて紹介するまでもなく、アイヌ民族出身のアイヌ文化研究者であり、アイヌ民族初の国会議員であり、また80冊以上の著作をもつ著述家としても知られています。没後10余年の今なお最も有名なアイヌ民族の一人でしょう。

 『萱野茂のアイヌ語辞典』は1996年6月に三省堂から刊行され、1999年にはCDーROM版、2002年には増補版が発行されました。

 今回のインターネット版では、初版の608ページ約8000語に増補版30ページ600語を追加、また1999年のCD-ROM版から萱野茂氏自身による発音音声を収録しました。近年は品切れのため入手が困難になっており、WEB公開は利用者にとって朗報と言えるでしょう。

原著からの変更点など

 原著通りが原則ですが、インターネット版では検索の利便を考慮し、またサイト内での表記の共通化を図るため、一部原著と異なる点があります。主な点は以下の通りです。

 ①原著はカナ表記です。ローマ字検索に対応するため新たにローマ字見出しを追加しましたが、これはあくまで便宜的なものとお考え下さい。

 ②カタカナ表記を標準的な表記(凡例参照)に変更しました。
 例:ト゚→トゥ、ノチュー→ノチウ(星)など
 ただしト゚以外は本文では原則として原著のままとしました。

 ③複数の意味を持つ語は、インターネット版では重複して見出しを立項しました。

特長

・著者による見出し語の発音音声(約8200語)は、語学学習に不可欠なネイティブの発音として他に例を見ないもので、次世代のアイヌ語学習者への貴重な遺産です。

・用例に日常会話が豊富なことも特長で、著者の生活体験の中で採録された生きたアイヌ語が満載です。アイヌ語作文の良いお手本になるでしょう。

・また他の辞書が女性の語り手によるものが多いのに対し、本書は信仰や建築など男性が関わる分野の語彙も豊富で、本書にだけ採録されている語も少なくありません。

・*印がついた「付帯説明」は文筆家の著者ならではで、単なる辞書の域を超え読み物としても大変興味深い内容です。

 

3.印刷データから復刻 田村すず子『アイヌ語沙流方言辞典』

 

▲『アイヌ語沙流方言辞典』1996年6月、草風館発行。写真は1998年の再版 →版元ドットコム

 著者の田村すず子氏(1934年 - 2015年)はアイヌ語学の最高権威のひとりで、長く早稲田大学教授を務めました。

 本著は1996年に草風館から刊行されましたが、現在わずかながら在庫があり、アイヌ語学習者必携書ですので早めの購入をお勧めします。

 インターネット版は、出版元である株式会社草風館のご厚意により、1998年の再版の版下データに基づいて作成しました。しかしアルダスページメーカー5.0という消滅したメーカーの20年前のDTPデータのため、一年間八方手を尽くしたものの読み取ることができず、ついには当時のMachintoshを購入してようやく復元しましたが、アクセント記号等の文字化け対応は長期の手作業を余儀なくされました。またその工程で生じたミスや、データベースに格納するための最小限の加工を含む場合があります。ご了承下さい。

特長

・9,367語を収録。言語学の権威による最も本格的なアイヌ語辞書です。

・アクセントを明示してあります。(アイヌ語アクセントの一般原則どおりの場合は省略)

・インフォーマントやジャンルなど、ソースを明示してあります。

・短い英語訳がついています。

 

4.活用のためのヒント

 

 インターネット版の最大の利点は「検索」にあります。ネット上の辞書検索をしたことがある方なら、その便利さは誰もが認めるところでしょう。

⑴ 正しい発音のために

 先ほど萱野辞書には発音音声、田村辞書には発音記号がついていると紹介しました。インターネット版が身近になることで、正しい発音が普及することが期待されます。

 たとえば、よく知られている単語でカムイ kamuy「神」を例にとってみましょう。

 カムイという語はJR北海道の特急列車「カムイ」や地名(神威、神居)、漫画の主人公など、日常的に耳にするアイヌ語で、アイヌ民族博物館の職員も職務上よく使う言葉ですが、最初のカにアクセントを置いてカムイ kámuy と発音する人が多いように思います。

 実際に検索してみましょう。

 画面右上の「辞書検索」に「カムイ」または「kamuy」と入れてリターンキーを押します。

 検索結果が表示され、2番目に萱野辞典から以下のように表示されました。

 スピーカーアイコンをクリックすると、萱野茂氏の声で発音を聞けます。ムが高く、kamúyと発音されていることがわかります。音声はCD-ROM版から移植してありますが、萱野辞書のヘビーユーザーでもCD-ROM版を知らずに来た人には、著者自身の肉声は驚きでしょう。

 検索結果のトップには田村辞書から

と表示されました。アクセント記号は見当たりませんが、表示がないのは原則通りのアクセント、つまりムにアクセントがあることを示しています。(アクセントの原則についてはアイヌ語沙流方言解説>1-⑶-③アクセント参照)

 また、同じくよく使うアイヌ語チセ cise(家)も検索してみて下さい。これもチが高く発音されがちですが、císe ではなく cisé であることがわかります。

⑵ 日本語検索

 検索対象は第一に見出し語から、次に本文から検索結果を表示しています。つまり、本文の日本語訳や例文も対象となっています。

 例えば、連日猛暑が続きますが、「暑いので私は汗をかいた」という日本語文をアイヌ語にしたいとき、「暑い」「汗」などで検索すれば、「暑い」はシリセセク sir-sések、「汗をかく」はポッペタアシン poppetaasin などの語を見つけることができ、また参考になる例文も見つけることができます。

sirsesek kusu ku= poppetaasin
シリセセク クス ク・ ポッペタアシン
暑い ので 私が・ 汗をかく

 

 ちなみに「汗」で検索すると田村辞書からento エント(方言名「アブラグサ」)がトップにヒットし、風邪の時の吸入療法に使われたことや、お茶にして飲んだことなどが紹介され、植物が好きなら「アブラグサ=ナギナタコウジュのことでは?」と脇道にそれる人もいるでしょう。その下のpópekot ポペコッ「汗で死ぬ」などは、今で言えば熱中症のことを言っているんだな、といった具合に、興味は尽きないことでしょう。

 また、日本語ではなく「なぞなぞ」で検索すると、34件ヒットします。重複もありますが、紙の辞書で「なぞなぞ」34件を見つけることは至難のわざでしょう。大変便利です。また英語でstudy と検索したり、話者略号、ジャンルなどで検索することも可能です。

 

おわりに

 

 先ほど「暑いので私は汗をかいた」という例文を紹介しましたが、先日博物館内で開かれた勉強会でシリセセク クス クポッペヌ sirsesek kusu ku=poppenuという例文が板書され、アイヌ語アーカイブ部門の期待の新人、新谷裕也さんが訳してご名答だったと聞きました。ポッペヌ poppenu は今回のインターネット版で検索すると田村辞書から1件ヒットし、

poppenu
ポッペヌ 【自動】[pop-pe-nu 水泡・汁・を持つ] 水ぶくれがつぶれて汁が出る。

と表示されます。「は??」となりますが、では「汗が出る」という言葉のアイヌ語として間違いかというと、知里真志保『分類アイヌ語辞典 人間編』や服部四郎『アイヌ語方言辞典』にはホロベツ(幌別=登別)の採録例があります。登別の隣町である白老もおそらくはポッペヌ poppenu が使われたことでしょう。白老の勉強会としてはこの例文は大正解だったわけです。

 今回インターネット配信を開始したのはどちらも沙流方言辞典です。この両著でアイヌ語辞書は完結ではありません。アイヌ語アーカイブの編集過程ではどの辞書にもない単語は珍しくなく、また方言差の問題もあります。現在、知里真志保『アイヌ語分類辞典 植物編・動物編』『分類アイヌ語辞典 人間編』も入力は済んでおり、近日中に公開を予定しています。またアイヌ語アーカイブ作成が将来の新しい辞書作りにつながるかも知れません。今後の展開にご期待下さい。

 

注)「増補版のためのはしがき」による。

 

[トピックス バックナンバー]

 

1.「上田トシの民話」1〜3巻を刊行、WEB公開を開始 2015.6

2.『葛野辰次郎の伝承』から祈り詞37編をWEB公開 2015.9

3.第29回 春のコタンノミ開催 2016.5

4.アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブを公開 2017.5

 

 

 

 

 

《図鑑の小窓25》トゥレプ(オオウバユリ)とトゥレプタチリ(ヤマシギ)

 

 文・写真:安田千夏

 

 アイヌ文化の植物利用と言うと筆頭に名前があがって来るオオウバユリ(注1)ですが、そのアイヌ語名「トゥレプ」は他のアイヌ語生物名に組み込まれていることがあります。ポピュラーな植物にありがちなこと(注2)ですが、今回はその中でも理由がなるほどと納得できる鳥についての話をしてみようと思います。

 まだ吐く息が白いような早春に始まり秋にかけて、森の遊歩道を歩いていると時に草かげから急に飛び立つハト(カケス)サイズ、赤茶けた羽色、くちばしがひときわ長い鳥がいます。それはヤマシギ、アイヌ語名「トゥレプタチリ(オオウバユリ掘りの鳥)」です。(→アイヌと自然デジタル図鑑

<写真1 ヤマシギ ©新谷幸嗣氏>

 この名が採録されたのは古く、上原1804に「ツ゚レフタチリ 濱しき」とあります。しかしヤマシギとハマシギは和名が示す通り生息地が異なり、見分けの難しいシギ類のことですからこの時代には混同されてしまっていたということもじゅうぶんに考えられます。

 その100年以上後のbatchelor1938には「Turep-chiri,Turepta-chiriヤマシギ.n.A wood-cock.」とあり、ここに見える英名はまさしくヤマシギ(注3)なので、これが明確にヤマシギの名として記録された初出ということになるでしょう。

 知里1953には、ヤマシギがトゥレプタチリであると明記され、その採録地域は「浦河、近文、屈斜路」とあります。でも今の時代に改めて確認すると沙流、静内地方でもデータが採録されていますから、もっと色々な地域で呼ばれていた名前なのだと思います。

 田村1996には沙流地方の伝承者平賀サダ氏の語りとしてトゥレプタチリの項にヤマシギという和名は見られないものの、次のように書かれています。

 カケスぐらいの鳥らしい。見たことはない。朝、暗いうちに南へ向いて行く。晩方に帰る。薄暗くなったら帰ってくる。鵡川にでもいるだろう。
“ku=maci ku=rara cik クマチ クララ チク 私の妻は何もできないから(自分でしよう)”と鳴く。


 平賀氏は「カケスぐらい」という的確なサイズ表現をする人が身近にいたようで、また「見たことはない」というのも上手に草むらに隠れていてなかなか観察する機会に恵まれないというこの鳥の特徴を説明していると言っていいでしょう。そしてさえずりは聞いていたらしく、「朝夕に鳴く」という習性から、ヤマシギのことを言っていると考えて間違いなさそうです。

 
▲ヤマシギ(自然図鑑より)  
▲ハマシギ ▲オオジシギ(筆者撮影)


 さてここで鳥の生態からヤマシギとハマシギとオオジシギの違いを整理してみましょう。まずヤマシギとオオジシギは夏鳥ですが、ハマシギは旅鳥。道内への飛来時期は春と秋、生息域も海辺や干潟、河川の河口部という一般的なシギ類の過ごし方なので、オオウバユリ掘りを連想させるようなことは特にありません。

 オオジシギとヤマシギは生息域が他のシギ類に比べると内陸部であり、双方繁殖期の5、6月になるとディスプレイフライトをします。しかしオオジシギがディスプレイフライトをするのは草原や河川敷など、オオウバユリ掘りを連想させるような場所ではありません。それに対してヤマシギがディスプレイフライトをするのはまさしくオオウバユリが群生するような森の上空なのです。

 

ヤマシギ

オオジシギ

ハマシギ

①季節

夏鳥

夏鳥

旅鳥(春、秋)

②ディスプレイ
フライト

×

②の場所

草原、河川敷など

 


 このように消去法で考えていくと、数多いシギの仲間の中で最もオオウバユリとイメージ的に結びついた存在がヤマシギなのであり、これらにちなんで「オオウバユリ掘りの鳥」という名前がついたと考えれば納得が行きます。それを示すように、日高地方にはこのような歌が伝わっているのです。

♪トゥレプタチリ ハウェアシ コンノ トゥレプイペ ウシ ナ トゥレプタ ヤン(注4
(ヤマシギが鳴いたら、オオウバユリの根がじゅうぶんに育つよ。オオウバユリ掘りをしなさい)


 さてこの鳥のさえずりですが、一度聞いたら忘れられないような何ともいえない独特なものです。先述の平賀サダ氏の聞きなしを参照しつつ聞いてください。それは「グーグー」と「チキッ」を交互に発声する、ファルセット(裏声)にもほどがあるという感じの鳴き方です。

<デジタル図鑑 ヤマシギ鳴き声 ©バードリサーチ提供>

 当館資料でこの鳥のことを語り残した伝承者の方々も、これに関しては何と表現したものやらと苦労した形跡があるのですが、ちゃんとこの鳥の声であると認識したうえで何とか正確に伝えようとしていたということには改めて感服いたします。

 夕方になると「ググ、ウググググッ、チュッ、ウグググググッ、チュッ」と舌打ちをするように鳴き、2,3回鳴いてどこかへ飛んで行きます。その鳥が来るとオオウバユリの採取時期だといいます。(静内30200 葛野辰次郎)

 姿は見ませんが、夜に鳴きます。「くらくらん、ぎゅうっ、ぎゅうっ」と、オオウバユリの根をこすりあわせたような声を出して飛んでいます。(34134 伝承者非公開)


 アイヌ文化ではオオウバユリの根を採取した後で、樽などに入れて潰しデンプンを取り出すという工程があります。その作業の音がヤマシギの声に似ているというのは面白い表現でした。伝承者の方々も、その名が何にちなんでいるのかということを色々考えながら質問に答えていたということなのでしょう。

 この例のように文献などに書かれていない話を聞くことができるのは、デジタル図鑑を作る仕事をしていたからこそのことです。エカシやフチ達が鳥をよく観察し語り残してくれたお話、それを理解するには自然についての知識もそれなりに深めていかなければなりません。そのことを肝に命じてばかりの日々なのでした。

(注1)月刊シロロ2017年6月号と今月号の新谷裕也氏の原稿をご参照ください。

(注2)鳥についていえば、日本語でもムクドリの別名をサクラドリと言ったりします。誰もが知っている植物はちなみやすいということなのでしょう。アイヌ文化ではトゥレプと並ぶくらいに馴染み深い植物「プクサ(ギョウジャニンニク)」についても、ヒバリのことをプクサチリ(ギョウジャニンニクの鳥)と呼ぶ地域があります。

(注3)p515。この鳥は冬季にヨーロッパや地中海沿岸などで見られるので、かの地でも名前がつけられているというわけです。余談ですが、私が幼い頃一緒に暮らしたことのある洋犬コッカースパニエルが元々はヤマシギ狩りの猟犬であり、その名の一部がヤマシギの英名woodcockに由来しているというのは今回調べて初めて知りました。

(注4)北海道教育委員会1985、浦河地方のデータ。

 

<参考文献・データ>

上原熊次郎『蝦夷方言 藻汐草 乾,坤』(1804年[序])国書刊行会(1972年)
John・batchelor『アイヌ・英・和辞典』岩波書店(1938年)
知里真志保『分類アイヌ語辞典 第二巻 動物篇(遺稿)』日本常民文化研究所(1962年)
更科源蔵・更科光『コタン生物記Ⅲ 野鳥・水鳥・昆虫篇』法政大学出版局(1977年)
北海道教育委員会『アイヌ民俗文化財調査報告書 アイヌ民俗調査Ⅳ(静内・浦河・様似地方)』(1985年)
田村すず子『アイヌ語沙流方言辞典』草風館(1996年)
桐原政志他『日本の鳥550水辺の鳥』文一総合出版(2000年)
河井大輔他『北海道野鳥図鑑』亜璃西社(2003年)
アイヌ民族博物館『アイヌと自然デジタル図鑑』(2015年)

 

[バックナンバー]

《図鑑の小窓》1 アカゲラとヤマゲラ 2015.3

《図鑑の小窓》2 カラスとカケス   2015.4

《図鑑の小窓》3 ザゼンソウとヒメザゼンソウ 2015.5

《自然観察フィールド紹介1》ポロト オカンナッキ(ポロト湖ぐるり) 2015.6

《図鑑の小窓》4 ケムトゥイェキナ「血止め草」を探して 2015.7
《自然観察フィールド紹介2》ヨコスト マサラ ウトゥッ タ(ヨコスト湿原にて) 2015.8

《図鑑の小窓》5 糸を作る植物について 2015.9

《図鑑の小窓》6 シマリスとエゾリス 2015.10
《図鑑の小窓》7 サランパ サクチカプ(さよなら夏鳥) 2015.11

《図鑑の小窓》8 カッケンハッタリ(カワガラスの淵)探訪 2015.12

《図鑑の小窓》9 コタンの冬の暮らし「ニナ(まき取り)」 2016.1

《図鑑の小窓》10 カパチットノ クコラムサッ(ワシ神様に心ひかれて) 2016.2

《図鑑の小窓》11 ツルウメモドキあれこれ 2016.3

《図鑑の小窓》12 ハスカップ「不老長寿の妙薬」てんまつ記 2016.4

《図鑑の小窓》13 冬越えのオオジシギとは 2016.5

《図鑑の小窓》14「樹木神の人助け」事件簿 2016.6

《図鑑の小窓》15 アヨロコタン随想 2016.7

《図鑑の小窓》16「カタムサラ」はどこに 2016.8

《図鑑の小窓》17 イケマ(ペヌプ)のおまもり  2016.9

《図鑑の小窓》18 クリの道をたどる 2016.10

《図鑑の小窓》19 くまのきもち 2016.11

《図鑑の小窓》20 エンド(ナギナタコウジュ)のつっぺ 2016.12

《図鑑の小窓》21 わけありのラウラウ(テンナンショウの仲間) 2017.1

《図鑑の小窓》22 春待つ日々のサクラ4種 2017.2

《図鑑の小窓》23 タクッペ(やちぼうず)の散歩 2017.3

《図鑑の小窓》24 カッコク カムイ ハウェ コラチ(カッコウ神の声のように) 2017.06

 

 

 

 

 

 

《映像資料整理ノート》サラニプ(背負い袋)についての新資料報告

 

 文:木幡弘文

 

 

はじめに

 

 前号で筆者はサラニプについてまとめましたが、さらに資料を整理していくうちに新たな情報を得ることができました。それは当館映像資料に記録されている沙流地方の伝承者上田トシ氏と黒川セツ氏によるお話で、文献等に記載されていない貴重なデータです。

映像資料:DV0185
タイトル:聞き取り調査
撮影年:1997年8月29日
語り手:上田トシ(平取町)、黒川セツ(平取町)
聞き手:安田千夏、村木美幸、萩中美枝
採録地:アイヌ民族博物館

 この映像資料の20分39秒からサラニプの使い方と呼び方について語られていました。今回はこの映像資料と今まで調べた情報からサラニプについてまとめていきます。

 

1.サラニプの種類


 まずは大きさの違いによる呼び方について改めてまとめます。上田氏の説明と比較として前回まとめた萱野氏の説明を表にすると以下の通りになりました。

▼表1 大きさの違いによる名称比較

 

萱野氏

上田氏

小さい

 

 

 

大きい

ポイサラニプ(ポンサラニプ)

ポイサラニプ(ポンサラニプ)

サラニプ

イサロイキプ

イサロイキプ

イチャサラニプ

ポロサラニプ

ポロサラニプ

トッタ

 

 

▲写真1 イサロイキプを説明する上田氏と村木氏

 

 違いとしてまず、呼び方が萱野氏が5種に対して上田氏が4種となっており、上田氏の呼び方一覧からは「サラニプ」がありません。これは上田氏によりますと「サラニプ」は編み袋の総称であるので、大きさの呼び方に含まれないとのことでした。

 次に表1の上から2段目と3段目に違いがあります。これは映像資料中に使われたサラニプ(写真1)を「イサロイキプ」と呼んでおり、これより一回り大きいのが「イチャサラニプ」と説明していました。写真1のサラニプを見ると萱野氏の「イサロイキプ」(36リットル)と上田氏の説明する「イサロイキプ」では大きさが同じに見えず、萱野氏の「サラニプ」(9リットル)に近いと判断して表1の並びにしました。また、ポロサラニプ以上の大きさについては説明が無かったため今回は空白としました。

 以上が上田氏のサラニプ大きさの違いによる呼び方でした。

 

2.物を持ち運ぶときに便利な縄「タラ(背負い縄)」


 今回、サラニプの使い方を紹介する上でまず紹介しておかないといけないものがあります。それが「タラ(背負い縄)」です。

▲写真2 タラ(背負い縄)

 以下に萱野1978より引用します。

「タラは長さ四メートルくらいの丈夫な編み紐で、まん中の額に当てるところをタリペといって、指をそろえた大人の手の幅くらいに広くしてあります。タリペから先の細い部分はタラクといい、この部分はしだいに細くなるように編んであります。

 アイヌはこの背負い縄に荷物をしばりつけ、これを額にかけて背負います。そして山の中を歩くときは、突然熊に出会っても首をうしろへひと振りするだけで背中の荷物をうしろへ落とし、即座に身軽になれるように常に心がけていました。」

(萱野1978 P.125)

 

 このように荷物の運搬の際にはこのタラ(背負い縄)が活躍していました。使い方としてはまき取りに行った際にまずタラのタリペ(額当て)から先の縄2本を伸ばして下に敷き、その上に束ねたまきを載せて2本の縄でまき束を巻いて縛り、タリペ(額当て)を額にかけて持ち運びます。この使い方については後ほど詳しく紹介します。この使い方が今回のサラニプの使い方においても活躍します。

 

 

3.サラニプ(背負い袋)の使い方


 サラニプについては前回の「映像資料整理ノート1」をご参照ください。

 まず筆者が梱包・運搬方法を調べた限り、これまでの資料では「物を入れて運ぶ」や「タラを使ってサラニプを運ぶ」などの記載は多く見ることができましたが、サラニプの状態、大きさ、形、タラの位置、縛り方などの詳細な情報は少なく、北海道教育委員会1991で白沢ナベ氏が説明している1件(P.84-P.85)以外は見つけることができませんでした。以下に引用します。

「トゥレプタ turepta(ウバユリの根を入れるサラニプはウバユリが1俵分も入るものである。ウバユリ(トゥレプ turep)の葉でふたをしてから口についている「目」を紐で拾って締める。

 それを荷負縄(タル tar)で縛り(サラニプ アスプパカル saranip a=suppakar)背負う。」


 またアイヌ風俗画に描かれているものとして、西川北洋(注2)の「雪中テシマ履き旅行」(写真3)や「ウバユリ採り」(写真4)の向かって左手の女性がサラニプを背負っているのがわかります。写真4は写真5のようにすでに額で背負う設計のサラニプのように見受けられます。写真3の右手の男性の背中をよく見るとタラがサラニプを縦に1周して縛り付けられており、そしてよく見るとサラニプの口が上を向いています。

 以上の点をまとめると以下のようになります。

・文章情報や図説での詳細な梱包方法の情報が少ない。
・比較的大型のサラニプでタラが使われている。
・タラを使った場合はサラニプの口が上を向いている。

 しかし、今回の映像資料整理で知ることができた方法は以上の事とは違いました。

▲写真3 雪中テシマ履き旅行(西川北洋)

 

▲写真4 ウバユリ採り(西川北洋)

 

▲写真5 タリペがあるサラニプ

 

 

3-1.サラニプに物を梱包する


 ここからは上田トシ氏と黒川セツ氏が証言・実演している使い方について紹介します。
梱包については、映像資料を元にした筆者による実演で紹介します。サラニプの肩掛け紐の片側をほどき(写真6)、その紐で縛って梱包します。このほどく作業は後でも先でもお好みで大丈夫です。筆者は物を入れやすくするために先にほどきました。

▲写真6 サラニプの肩紐を解く

 

 次に物を入れるときに上田氏、黒川氏はサラニプの口から飛び出るように山盛りにして物を入れるということです。そしてそれを着ている服やタオルなど包める布などで包み、布の余った部分をサラニプの中に入れます(写真7)。

 

▲写真7 サラニプの荷物を布で包む

 ほどいた紐をサラニプのキマハ(サラニプの口の三つ編み部分)の穴を通して包んだ布をおさえるように縛ります(写真8、9)。このとき入れる物によっては物がこぼれないように紐を交差させて縛る必要があります。

 

▲写真8 サラニプの紐で縛る1 ▲写真9 サラニプの紐で縛る2

 

    

 最後に適当な場所で紐を縛って梱包が終了です(写真10)。縛り方についてはほどきやすい縛り方であれば問題は無いかと思いますが、この後で筆者が行った方法を紹介します。このときサラニプの状態は縦に長く、楕円の状態になっています。この一連の動作をアイヌ語で「パロカラ」と上田氏は説明しています。

▲写真10 サラニプの紐で縛る3

 

 

3-2.梱包したサラニプをタラで巻きつける


    

 梱包が終わったサラニプを今度はタラを巻きつけて運搬できるようにします。

 まずはタラをタリペ(額当て)から先の縄2本を伸ばして下に敷き、その上に梱包したサラニプを置きます(写真11)。このとき見てわかるようにサラニプの状態が縦に長い状態でなければタラを巻きつけることが困難になりますのでご注意ください。

▲写真11 タラでサラニプを巻きつける1

 今度は写真サラニプより右に出たタラの縄をサラニプの上を通り、サラニプの左にあるタラの縄の下を通します(写真12)。この縄を通すときの内側か外側かはお好みで大丈夫です。

▲写真12 タラでサラニプを巻きつける2

 今度は通した縄をサラニプの上を通った縄の上を通します(写真13)。

▲写真13 タラでサラニプを巻きつける3

 最後に縄の余った部分で輪を作り写真13でできた穴に輪を通して縛ります(写真14)。

▲写真14 タラでサラニプを巻きつける4

 この縛り方を2回行い、サラニプにタラを巻きつける作業は終了です。ちなみにこの縛り方は写真10と同じです。

 

3-3.サラニプを運搬する


 ここまででサラニプの梱包、運搬するためのタラの巻きつけを紹介しました。今度はこのサラニプとタラのセットを運搬する方法を紹介します。

 つまりはタリペ(額当て)を頭の程よい場所にかけて荷物を背負って運搬するのですが(写真15)、黒川氏は「こういうふうな(写真15)頭にしたら首痛くなるから、重たいもの背負うときはこうやって(持ちかえをしながら)(写真16)歩く」と説明しており、また頭に縄をかけた状態で更に黒川セツ氏はこのようにも語っています。

「コンド(注3)子ども連れて行ったときは、子ども泣いて歩かなかったらここ(=サラニプの上)さ乗せるの。(中略)そして子どもがここさ、子どもがここさ(=タラの縄)こう手かけて(縄を掴んで)るんだわ(中略)そしたらね、その子が今度こうやって手(子どもが縄を掴んだ手)をつないで歩く、そしたら落ちないの」

 写真15の状態でサラニプの上に子どもを座らせるのですが、実は写真15ではサラニプが下すぎて座らせることができません、なのでタラを縛る際には短めに縛り、荷物またはサラニプを肩甲骨の裏あたりにくるように調節する必要があります。そして、肩甲骨の裏あたりにサラニプが来て子どもを座らせると、子どもの足が肩より上に出て首の横に来ます。このとき子どもがタラの縄を握るのでその手を掴んでいれば子どもは落ちないということです。

▲写真15 サラニプをタラで運搬する1

▲写真16 サラニプをタラで運搬する2

 

 以上が黒川氏と上田氏の語りです。この運搬方法は主にイサロイキプよりイチャサラニプで行うとのことで、この方法で容量36リットル以上の物を運ぶとなるとかなり重いと思われます。また、さらにその上に子どもを乗せて移動するというのはすごいことだと思います。

 こうして運搬した物、山菜や穀物は乾燥させてから食料庫のポロサラニプに移し替えて保存するそうです。

 

 3-4.物を入れない状態でサラニプとタラを持ち歩く


 今度は上田氏と黒川氏の物を入れていない状態、つまりこれから山へ行くときはどのようにしてサラニプとタラを持ち運んでいたかについて紹介します。

 サラニプは肩掛け紐を好きな場所にかけて持ち運ぶそうで、特に変わった持ち方はしていないとのこと、サラニプを持っていくときはその中にタラを入れて歩いたそうです。そしてタラだけを持ち運ぶときは写真17のようにタラの縄を腰に縛って巻いて持ち運んだそうです。黒川氏は山へ行くときは必ずこのタラを持っていき歩いたと語っています。

▲写真17 タラを腰に巻く上田氏と黒川氏

 

 

おわりに


  ここまでサラニプの種類の比較、タラを使った運搬方法などについて紹介しました。

 サラニプの呼び方は話者によって違うのですが、萱野氏が住んでいた二風谷と上田氏の貫気別は車で20分ほどの距離です。そこに違いが出ているのは大変興味深かったです。

 サラニプの背負い方については長年あやふやで、肩紐を肩から提げたり額にかけて背負うのだろうと考えていたのですが、その詳しい方法を今回知ることができて筆者は大変勉強になりました。

 サラニプの使い方についてはまだまだ奥が深い予感がしますので、もし知っている方がいらっしゃいましたら情報提供をお願いします。

(注1)アイヌ民族博物館2015より
(注2)1800年代末にアイヌの風習を描いた画家ですが、詳しい経歴などについてはわかっていません。
(注3)日本語「今度」からの移入語らしいのですが、意味は微妙に異なります。「それから」に近いつなぎの言葉です。

引用参考文献・データ

萱野茂 1978『アイヌの民具』すずさわ書店
萱野茂 1996『萱野茂のアイヌ語辞典』株式会社三省堂
北海道教育委員会 1991『平成2年度 アイヌ民族文化財調査報告書(アイヌ民俗調査Ⅹ)』
『アイヌと自然デジタル図鑑』http://www.ainu-museum.or.jp/siror/index.html

 

 

 

《アイヌの有用植物を食べる2》オオウバユリ(後)

 

 文:新谷裕也

 

 

はじめに

 

 前回はオオウバユリの球根を採取する方法について詳しく報告しました。今月はその続きで、採取したオオウバユリの球根処理と利用について紹介します。保存のための処理は採取した日からあまり間を空けず、できればその日のうちに、遅くても2、3日中には終わらせてしまいます。

 

1. オオウバユリの処理(デンプン採取)

 

手順

① オオウバユリをきれいに洗う
② 杵で搗いてつぶす
③ ザルでこして繊維とデンプンを分ける
④ 2〜3日程おいて、デンプンを沈殿させる
⑤ さらしでこす
⑥ 樽の底に残っている物、さらしからこした水は1番粉、さらしの中に残った物は2番粉となる

 使う道具は樽、臼、杵、さらし、ザルを使います。

 ①まず最初に採取したオオウバユリを水で洗います。大きな樽に水を入れて、その中にオオウバユリの球根を一枚一枚はがして入れていきます(写真1)。球根は隙間に土が大量に入っているので、きれいに洗います。

▲写真1:球根を洗う

 ②球根を洗い終わったら、臼の中に球根を入れて、杵で搗いていきます(写真2)。搗き方は、臼を中心として2〜3人の人が杵を持ち、呼吸を合わせて順番に搗いていきます。この時にただ黙々と搗くのではなくて、労働歌を歌いながら搗きます。地域によって歌われる労働歌は違い、「イウタニ ハチレ フム ハッ ホー(杵を落とせ)」や「ヘッサーオーホイ ホイヤーオーホイ」という労働歌が歌われます。労働歌によってはウコウクと呼ばれる輪唱のような独特な歌い方がされるものもあります。動画では「ヘッサーオーホイ ホイヤーオーホイ」をウコウクで歌いながら搗いています。右手(左利きの場合は左手)で杵を持ち、オオウバユリがぐちゃぐちゃにつぶれるまで搗き続けるので、腕が疲れてぱんぱんになります。この時に、全身を使って搗かないと腰や肩に負担がかかってしまうので、全身をうまく使います。労働歌を歌って3人でリズムに合わせて杵搗きしていると、まるでリズムゲームをやっているかのような感覚になり、本当に面白いです。順番を間違えて前の人と同じタイミングで搗いてしまったり、歌を間違えてしまったり、笑いながらの作業です。

▲写真2:杵搗き風景

 

【動画】 杵つき

 

 ③オオウバユリが形もなくなるくらいつぶれたら、ザルでこしていきます。(写真3)これは繊維とデンプンをわける為に行います。ここでわけた繊維は丸めてドーナッツのような形にしてオントゥレプアカムという保存食にします(写真4)。

▲写真3:ざるでこす

▲写真4:オントゥレプアカム

 

  ④こしたものは樽に移してきれいな水をいっぱいになるくらい入れて、2日〜3日程おいて、デンプンを沈殿させます(写真5)。この間、朝昼と1日2回水を交換します。

▲写真5:澱粉を沈殿させる

 ⑤2日〜3日待ったら樽の中身をさらしに入れます。(写真6)ボールの上でぎゅっと搾ります。(絞った水の中にもデンプンが含まれているので、ボールの上で搾ります)(写真7)

▲写真6:さらしに入れる

▲写真7:さらしを搾る

 

 ⑦そうするとさらしの中にはデンプンが溜まっています。これを外で2日〜3日吊るして乾燥させると2番粉の完成です(写真8)。水がなくなり、樽の底に残った物と(写真9)、さらしから絞った水の底に溜まっている物(写真10)が1番粉です。この1番粉は腹痛の薬にしたとされ(注1)、主に食べられていたのが2番粉と先ほど絞った繊維(オントゥレプアカム)です。現在では、臼や杵を使用せずに、樽にオオウバユリを入れて、斧やハンマーでつぶすという方法も行われています(写真11)。臼や杵がなくても、オオウバユリがぐちゃぐちゃにつぶせさえすればいいわけです。

▲写真8:さらしの中の2番粉

▲写真9:樽の底に残っている1番粉

▲写真10:ボールの底に残っている1番粉 ▲写真11:ハンマーと斧で潰す

 

 

2.オントゥレプアカムの作り方


 さて、次は先ほど分けた繊維の利用法です。この繊維にはまだまだデンプンが含まれているので、捨てずに保存食として利用します。

手順
① 繊維を搗く
② 発酵させる
③ 形を作って炉棚に掛けて保存する

 使う道具は臼、杵、木箱、イタドリの葉です。臼と杵ではなく樽とハンマーでも良いです。

 ①まず先ほどの繊維を臼に入れて、もう一度杵で搗いていきます(写真12)。

▲写真12:繊維を搗く

 ②粘りが出てきたら、イタドリの葉を敷いた木箱に入れて(写真13)1〜2週間程置いて発酵させます。

▲写真13 繊維を入れる

 ③発酵したらイタドリの葉から出して、ドーナッツ状の団子を作っていきます。できたら穴に紐を通して炉棚に掛けて保存します。食べる時は水で戻し団子状にしておかゆに入れて食べました。

 このオントゥレプアカム作りは研修中に2回挑戦しましたが、成功しませんでした。発酵させる段階までは作れるのですが、2回とも発酵させていると途中でウジが湧いてきてしまい、食べる事が出来ませんでした。発酵させているときの気温や保存している場所の湿度が関係しているとは思うのですが、原因はわかっていないので、今後調査していこうと思います。

 

3.オオウバユリの食べ方

 

デンプンの抽出方法がわかった所で、実際に私たちが研修で食べたオオウバユリの料理を紹介します。なお、今回は伝統的に食べられていた物だけではなく、現代風にアレンジした創作料理にも挑戦しました。

 

球根の蒸し焼き(写真14.15)

 球根をアルミホイル(注2)で包んで囲炉裏の火の中にいれて数分待つと完成です。塩をかけて食べましたが、香りや食感がじゃがいものと似ていてとてもおいしいです。ただし、球根には繊維がたくさんあるので指導者から「食べすぎるとふん詰まりするぞ」と注意されました。

▲写真14:オオウバユリの蒸し焼き

▲写真15:オオウバユリの蒸し焼き

 

オオウバユリ餡(写真16)

 球根をフライパンで焼きます。途中で1番粉を溶いた水を加えて醤油で味つけます。デンプンがとろとろになったら完成です。球根がしゃきしゃきしていておいしかったです。

▲写真16:オオウバユリ餡

 

焼きオオウバユリ(写真17)

 オオウバユリを搗いてつぶしたものをイタドリの葉に包んで焼いて食べました。油を多めにフライパンに敷いて焼きます。これもおいしかったのですが、蒸し焼きよりも口の中で繊維が気になり、いちいち出さなければいけないので面倒臭かったです。

▲写真17:焼きオオウバユリ

焼きオオウバユリ(アレンジ)(写真18)

 オオウバユリを搗いてつぶしたものをさらに細かく切って、1番粉を足して焼いて食べました。油を多めにフライパンにひいて、お好み焼きのように焼きます。焼けたら醤油ダレをつけて食べます。さくさくした歯ごたえも良くとてもおいしかったです。

▲写真18:焼きオオウバユリ(アレンジ)

 

くずきり風お菓子(写真19.20)

 オオウバユリから採取したデンプンと砂糖を水に溶いて、イタドリの筒状の茎の中に入れて栓をして囲炉裏で焼きます。すると筒の中でデンプンが固まるので、取り出して冷ましてから食べます(注3)。イタドリは酸味のある植物で、その酸味が移っているのでおいしいです。試す場合は栓をする事を忘れないでください。焼いている時に、中の物が飛んで来たりあふれたりするので危険です。

▲写真19:くずきり風お菓子

▲写真20:くずきり風お菓子

 

くず湯

 オオウバユリから採取したデンプンをお湯に溶かして飲みます。これは料理というよりも体を温めたいときやお腹が痛い時に飲みます。味はないですが、ほのかに甘い香りがします(注4)。

トゥレプサヨ

 ゆるく炊いたおかゆにデンプンを入れてかき混ぜると、とろみが出て、所々塊ができます。味はくず湯と同じようにないのですが、塊がとろとろで、おかゆにはない食感を味わう事が出来ます(注5)。

 このようにオオウバユリを試行錯誤しながら食べてみましたが、より詳しい伝統的な調理法については最後にあげた参考文献を参照してください。

 私は食べたことはないのですが、他にもオオウバユリの天ぷら(球根を切って揚げるもの)、から揚げ(鳥肉にオオウバユリのデンプンをつけて揚げるもの)といった現代風料理があるそうです。片栗粉のように揚げ物やあんかけを作る時に使えますね。

 個人的には蒸し焼きか焼きオオウバユリ(アレンジ)が一番おいしい食べ方だなと思いましたが、トゥレプサヨもとても優しい味でおいしかったです。オントゥレプアカムが成功しなかった事がとても残念だったので、いつかまた挑戦してみたいと思います。

 今回のオオウバユリにはなかったのですが、有用植物の中には微量の毒や人体に影響が出る成分が含まれている物もあります。なので「アイヌの有用植物を食べる」という行為は、知識や経験が必要だということが研修を通して学ぶことができました。今回はオオウバユリの紹介でしたが、他にも様々な有用植物を食べたので、今後も紹介していきたいと思います。

 

(注1)アイヌ民族博物館2015などを参照。

(注2)昔の生活にはアルミホイルはありませんでしたが「デンプンをアキタブキの葉に包んで炉の灰で焼いた」(知里1953)という記述を参考にしました。

(注3)アイヌ民族博物館2015を参照。

(注4)同上。

(注5)同上。

参考文献・データ

・知里真志保『分類アイヌ語辞典 第1巻 植物篇』日本常民文化研究所(1953年)
・『日本の食生活全集 聞き書アイヌの食事』社団法人農山漁村文化協会(1992年)
・村木美幸「白老地方におけるオオウバユリの加工処理およびその利用法」アイヌ民族博物館『アイヌ民族博物館 第5号』(1996年)
・アイヌ民族博物館『伝承記録4 川上まつ子の伝承-植物編1-』(1999年)
・アイヌ民族博物館『アイヌと自然デジタル図鑑』(2015年)

 

 

 

 

 

 

《第4期伝承者育成事業レポート》私の一枚

 

文・写真:伝承者育成事業第四期生一同(篠田マナ、川上さやか、後藤優奈、早坂駿、米澤諒)、山丸賢雄(A.T.)]

 

「ハスカップ」 篠田マナ

 

 本州中部以北に広く分布するハスカップは、アイヌ語の「ハシカプ」が由来だと言われます。アイヌ文化の中でも実の部分は食用とされてきました。

 しかし、このハシカプという名前の採録地域は幌別であり、道東などでは「エヌミタンネ」という名で呼ばれていました。

 勇払原野あたりではいち早くこの実を使ったスイーツが商品化された為、そこで使われていた名前の方が広く知られるようになったと思われます。(篠田マナ)

参考文献:
知里真志保『分類アイヌ語辞典 第一巻 植物篇』日本常民文化研究所(1953年)

 

「ハシドイ」 川上さやか

 

 ハシドイのことを、アイヌ語ではプンカウやプシニと言います。今の時期は白い小さな花が咲いています。ハシドイはとても硬くて丈夫な木なので、これを柱や墓標、火箸や畑仕事に使うくわ(=鍬)を作ったという伝承があります。また白老地方などではこの木を家の柱に使っていた為か、家の神の木幣をこの木で作るといいます。

 そのほかの伝承ではプシニ(はねる・木)という名の通り、燃やすとバチバチはねて危ないので、燃やしてはいけないとも言われています。(川上さやか)

 

オオハナウド 後藤優奈

 

 およそ高さ1m30㎝くらいの大きな葉と長い茎、セリ科の植物がポロトコタン内にある野草園で育てられています。7月7日現在、その植物「オオハナウド(ピットク)」の白い花の時期は終わり、黄緑色の倒卵形の平たい実がたくさん出来、オオハナウドらしさを見る者に印象づけます。オオハナウドはアイヌ文化(静内地方)では、ヒメザゼンソウと並び特に重要な「カムイラタシケプ(神の野草)」と言われ、儀式の際に欠かせない供物とされます。(後藤優奈)

ウダイカンバ 早坂 駿

 

 (伊達市)大滝でウダイカンバを観察しました。アイヌにとって名前のあるカバノキは3種あり、中でもこのウダイカンバはシタッと呼ばれ「本当の樺皮」という名前がつけられています。見た目の特徴は、樹皮が他の2種と比べて太くなっても(注)茶色もしくは灰色がかっており、葉は大きくハート形でした。用途は木の皮を棒にはさみ松明を作ったり、おけやひしゃくを作ったそうです。またかつてはこの木を焼いて出来た炭を使い、年頃の女性の手や口元に入れ墨を入れました。(早坂 駿)

(注)若木の時は3種とも樹皮は茶色です。

 

「サワシバ」 米澤 諒

 

 サワシバはアイヌ語で「パセニ」といい、「重い木」という意味になっています。焚きつけにするのに良い木ですが、まきにするには重いといわれています。

 パセニは、担い手に入ってすぐに覚えた木の一つです。葉っぱが段ボールの波になっているところに大変似ていたため、他の木の葉っぱよりわかりやすくてすぐ覚えました。また他のメンバーもすぐに覚えた木でもあります。いつか切られたものを持って、どれぐらい重いか体験してみたいです。(米澤諒)

 

「ハウチワカエデ(メイゲツカエデ)」 山丸賢雄

 

 伊達市大滝へ行き、ハウチワカエデを見ました。日本固有種だそうです。名の由来通り葉は大きく天狗のうちわのような形をしています。イタヤカエデ(トペニ)より、山地(イワ)にあるという意味なのか、その名をイワトペニといいます。ちなみにヤマモミジも同じ名前です。研修生の頃にイタヤカエデとシラカバの樹液を採取し、飲んだことがありました。ほんのり甘くて美味しかったことを覚えています。この木の樹液も試してみたいです。(山丸賢雄A.T.)

 

 

 

 

 

 

《第3期伝承者育成事業レポート》イヨマンテでの祈り詞(平取地方)その8

 

 文:伝承者(担い手)育成事業第三期生一同(木幡弘文、新谷裕也、中井貴規、山本りえ、山丸賢雄)、北原次郎太(講師)

 

 

 ここに掲載するものは、名取武光氏が記録したイヨマンテの祈り詞です。名取氏の論文「沙流アイヌの熊送りに於ける神々の由来とヌサ」(『北方文化研究報告 第4輯』、1941年、北海道帝國大學)には、仔グマを連れ帰った場面からイヨマンテを終えるまでの一連の祈り詞54編と、その意訳が収録されています。名取氏の同論文は、1941年に最初に発表され(戦前版)、その後1974年に著作集『アイヌと考古学(二)』に収められました(戦後版)。著作集収録の際、浅井亨氏がアイヌ語の校正をしており、一部解釈や表記が変わりました。

 第3期「担い手」育成研修では、2016年1月頃からアイヌ語研修の一環として、これらの祈り詞の逐語訳に取り組みました。和訳にあたっては、新旧のアイヌ語原文を比較しましたが、ここでは戦前版での表記とアイヌ民族博物館で用いられている表記法(辞書で引けるような表記)で書いたものを並べ、戦後版については必要に応じて引用しています。なお、原典では改行せずに書き流していますが、ここでは、一般的な韻文の形式で、一行と考えられる長さごとに改行しています。それぞれの最後に、名取武光氏による意訳をのせています。

 今回は、そのうち20、21、22を掲載します。 (→その1 →その2 →その3 →その4 →その5 →その6 →その7

 参照した辞書の略号は次の通りです。

【太】:川村兼一監修、太田満編、『旭川アイヌ語辞典』、2005、アイヌ語研究所
【萱】:萱野茂、『萱野茂のアイヌ語辞典 [増補版]』、2002、三省堂
【久】:北海道教育庁生涯学習部文化課編、『平成3年度 久保寺逸彦 アイヌ語収録ノート調査報告書(久保寺逸彦編 アイヌ語・日本語辞典稿)』、1992、北海道文化財保護協会
【田】:田村すず子、『アイヌ語沙流方言辞典』(再版)、1998、草風館
【中】:中川裕、『アイヌ語千歳方言辞典』、1995、草風館

 

 

 

20)Wakkaushikamui-ko-inonnoitak 水の神に申す祈詞

 

戦前版の表記 新表記 和訳
Tapantonoto tapan tonoto  この酒  
ireshukamui iresu kamuy  育ての神  
osonkokote osonkokote  の言伝をそえた
inaukarashikoro inaw kor askor   木幣のついた酒で
piraturukotan piratur kotan 平取村の
ruwesankashi ruwesan kasi  水辺の上を
kopunkinekuru kopunkinekur wakkauskamuy  守護する人   
wakkaushikamui kamuy ekas 水の神 
kamuiekashi askor kasi  神の翁 
ashikorokashi a=e=koonkami  の手の上に
aekoongami ki sirihi  私が拝礼する
kishirihi ne hi tapan na.     様子 
nehitapanta na sama ta     でありますよ。 
naasamata tapan pa maskin  また更に
tapanbamashikiri kamuy kar patum 今年はいっそう
kamuikaraparatum utumkus kusu  神が作った病が 
utumukushikusu kosiyokrarpa      a=ki ruwehe  蔓延しているので
koshiyokrarapa sekor an kusu 悲しみにうちひしがれ 
akiruwehe tonoto tura  ている次第です
sekorankusu inaw turano  そこで  
tonototura kamuy askor ka お酒と共に
inauturano a=oraye siri  木幣と共に 
kamuiashikoroka sekor_ tapan na. 神の手の上 
aorayeshiri ciyaykoruska  に差し上げる様子
sekotpanna i=ekarkar wa   でありますよ。
chiaikorushika tuki tasa    憐れみを
iekarakarawa cikohosari 私たちにかけて下さって
tukitasa i=ekarkar wa  杯に向かって
chikohosari a=kor a kenru 振り向くこと 
iekarakarawa kenru upsor  をして
akorakenru kopunkine wa  貴方の館 
kenruupashyoro i=korpare yan.  館の中を
kopunkinewa na sama ta    守って
ikoropareyan a=kor a kotan  ください。
naasamata kotan kurkasi また更に
akorakotan cikosirmore 私の村 
kotanturukashi i=ekarkar wa  村の上を
chikoshirimore i=korpare yan. 静かにさせること
iekarakarawa   をして
ikoropareyan.   ください。

 

20.名取意訳

 この酒を、水の神(Wakkaushikamui)に上げる為に、火の神(Kamuihuchi)の前で造りました。酒と幣と一緒に神様に上げるのであるから、此の高杯を受け取ったなら、直ぐに、私の方へ向いて、家中に病気のない様に、丈夫で居る様に守って下さい。尚平取村一般に、何も悪い事なく、暮す様に、病気が流行っても、此の村には当たらぬ様に面倒見て下さい。

 

21)Okikurumi kamuiekashi inonnoitak オキクルミ神に申す祈詞

 

戦前版の表記 新表記 和訳
Tappuanakkune tap anakne  これは
shinripuri sinrit puri  先祖の習慣
ikirokusu iki rok kusu  であるので
inaukorashikoru inaw kor askor イナウのついたお酒
akoahekotekamui a=kor a=hekote kamuy[48]  私が頼りにする神
kirishamukate kirsam ka ta  膝元の上を
inaukorashikoru inaw kor askor  イナウのついたお酒
aekoitomute a=ekoitomte[49]  で飾りました
sekorankushitap sekor an kus tap  そうしたわけで
taneanakkune tane anakne  今は
inaueashiwa inaw easi wa  イナウをそこにたてて
okikurumi okikurmi  オキクルミ
kamuiekashi kamuy ekasi  神なる老翁
aekoongami a=ekoonkami  にそれ(inaw、askor)でもって私が拝礼する
ireshukamui iresu kamuy  育ての神が
kuoroashyonko kor a sonko.  持つ言伝
tonototura tonoto tura  酒と
inauturano inaw turano  イナウと共に
pasekamui pase kamuy  重い神に
aekoongami a=ekoonkami  私が拝礼する
sekoranshiri sekor an siri  とある様子
nehitapanna ne hi tapan na.  ですよ。
chiaikorushika ciyaykoruska  憐れみをかけることを
iekarakarawa i=ekarkar wa  私たちにしていただいて
kamuikatapatum kamuy kar patum  神の作った病が
hokambayakka hokanpa yakka  大流行しても
kinruoruke kenru orke  館の内を
chikoopunkine cikopunkine  見守ること
ikoropareyan i=korpare yan.  をして下さい。
nasamata na sama ta また更に
tapanpiraturu tapan piratur  この平取村の
kotankurukashi kotan kurkasi  上一帯を
chikopunkine cikopunkine  見守ることを
iekarakarawa i=ekarkar wa  して下さい。
ikorupareyan. i=korpare yan.   

 

21.名取意訳

 親の時代から守って来た事、酒こしらえて貴い神に上げるのであるから、どうかして家の中の事、けがれなく、病気なく、立って行く様にお願します。又色々な病気も流行って居りますから、オキクルミ神に頼みますから、私の家の中に、どうか何も災難ない様に守って下さい。又この平取村一般に、病気なく、皆達者でいる様に、お願申します。

 

22)Nayoputuushipe pentapkashi eanbakamui kamuiekashi inonnoitak
アベツの澤口の神に申す祈詞

 

戦前版の表記 新表記 和訳
Tapantonoto tapan tonoto これなるお酒
inaukoroashikoro inaw kor askor イナウのついたお酒
ireshukamui iresu kamuy 火の神
oshyonkokote osonko kote の伝言をそえた
kamuiashikoro kamuy askor 神のお酒
aekoongami a=ekoonkami をもって私は祈ります
sekoranshiri sekor an siri ということ
newaneyakkune ne wa ne yakne であるならば
tukitasa tuki tasa 酒杯に向かって
chikohosari cikohosari 振り返ることを
aiekarakarawa a=i=ekarkar wa 貴方が私たちにしてくださって
ureshipatekkusamu urespa teksam 生活のかたわらを
aekopunkine a=ekopunkine 貴方がお守りして
kiwaneyakkune ki wa ne yakne くださるならば
pirikashukup pirka sukup 良い暮らしの中で
ainunipo aynu nippo 人間の孫が
eshukuppuyakkune esukup yakne 育つのであれば
kamuikeutumoro kamuy kewtumoro 神の御心に
aekoongami a=ekoonkami 私は拝礼することを
kiptapanna ki p tapan na. するものですよ。
nepatum nep patum 何の病が
utumukushiyakka utumkus yakka 広がっても
akorakotan a=kor a kotan 私の村
kotankurukashi kotan kurkasi 村一帯を
chikopunkine cikopunkine 守ることを
iekarakarawa i=ekarkar wa 私たちにして
ikoropareyan. i=korpare yan. くださいませ。

 

22.名取意訳

 昔からの習慣であるから、酒を造りました。其の酒を今、アベツの澤口の神(nayoputoushipe)に差し上げます。火の神の言葉で、神様に間違いなく、酒と幣とを上げますから、どうか其の酒を受け取った上、可愛そうにと私の方を向いて見て下さい。色々な心配事や、病気が流行りますから、其の病気を、私の家の中へ当てない様にして下さい。又この平取村一般から、悪い病気を払って、入れない様にお願申します。

 

注48)a=hekote kamuy「私が頼みにする神」のみでも意味は通じますが、あえてa=kor「私の」を加え、「私」を二重にいう表現になっています。これは韻文体を取る時の改まった言い回しの一種なのかもしれません。平取町二風谷の二谷一太郎氏が述べた祈り詞の中にも、ku=kor ku=yupo「我が私の兄」という例があります。

注49)漆器に入った酒や祭具類を囲炉裏の上手に並べ、華やかな席を作ることを「飾る」と表現しています。

 

 

《伝承者育成事業レポート(第3期) バックナンバー》

女性の漁労への関わりについて 2015.11

キハダジャムを作ろう 2015.12

ウトナイ湖野生鳥獣保護センターの見学 2016.2

アイヌの火起こし実践ルポ(前編) 2016.3

アイヌの火起こし実践ルポ(後編) 2016.4

ガマズミ・ミヤマガマズミの見分けについて(山本りえ)2016.11

「ハンノキについて学んだ者が物語る」(中井貴規)  2016.12

イパプケニ(鹿笛)について(新谷裕也) 2017.1

サパンペ(儀礼用冠)の製作について(木幡弘文) 2017.2

 

イヨマンテの祈り詞(平取地方)その1 2016.12

イヨマンテの祈り詞(平取地方)その2 2017.1

イヨマンテの祈り詞(平取地方)その3 2017.2

イヨマンテの祈り詞(平取地方)その4 2017.3

イヨマンテの祈り詞(平取地方)その5 2017.4

イヨマンテの祈り詞(平取地方)その6 2017.4

イヨマンテの祈り詞(平取地方)その7 2017.6

 

 

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