アイヌ民族博物館
 

  巻頭
I
イオマンテの準備

II
酒漉し

III
家に祀る神の着物替え

IV
前夜祭

V
本祭り

VI
祖霊祭
表3イヨマンテの主たるながれ

VII

終わりに
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VII.終わりに

 これまで、イヨマンテの実施内容について、カムイノミの対訳を含めて事実をありのままに記してきた。表3はそのだいたいの流れを表したものである。
 すでに緒言でも述べたように、今回は、アイヌ伝統のこの儀式を若い世代の者たちが自ら伝承していくことを目的として体験的に行なったものである。したがって、本報告書も、あくまで体験したことを復習しこれをきちんと覚えていくことができるようにまとめたものであって、決して学術的な意図のもとで記された性格のものではない。つまり、今回のイヨマンテの実施も本報告書の刊行も、いうなれば「伝承」の第一段階なのである。
 では、次の段階として、どのようなことをめざしていくべきであろうか。われわれは、この第二段階として、今回の体験をベースに「今後いかに“白老流のイヨマンテ”を復元しそれを担っていくか」という使命が課せられていることを共通に認識している。確かにわれわれの組織が行なう事業の多くは、「白老」という一定の地域だけが対象になされているわけではない。アイヌ民族博物館事業に代表されるように、組織の普及事業にしても伝承事業にしても、近年は全道的なアイヌ文化あるいは樺太アイヌや近隣の北方民族の文化をも対象に扱う傾向になっている。
 しかしながら、このように「白老」という地域を超越した事業を最近行なうようになったとはいえ、われわれの組織はもともと白老アイヌの系譜を継ぐ人々自らが、地元に継承されてきた文化の伝承保存を第一の目的に設立した団体である。ましてや、アイヌ文化は決して全道的に画一的なものではなく、言語やイヨマンテのような儀式にしても、あるいはその他の生活文化にしてもそれぞれ地域的な個性をもっている。アイヌ文化を伝承し保存していこうとする積極的な姿勢を抱く限り、アイヌ文化の真の発展のために、われわれはこうした地域的個性、すなわち「白老アイヌの伝統」をもまた正しく担って行く責務があるといえまいか。
 であれば、今後、「白老独特のイヨマンテ」を復元しそれを伝承していくことが果たして可能なのだろうか。現実には、白老の伝統を熟知してイヨマンテを執り行なえる古老は残念ながらもういない。それは何も白老ばかりでなく全道的傾向である。だが、それでも幸いにして儀式の内容を部分的にでも知っている年輩の方々はまだまだ白老でも健在である。また、大正から昭和初期にかけて白老で行われたイヨマンテについて書き留められた文献も本書に引用したものを含めていくつかあるし、大正末期に記録されたフィルム(35ミリ映像フィルム、当館で所蔵)も完全なものではないが残されている。
 こうした、白老のイヨマンテに関する文献や映像資料、さらに古老たちからの聞き取りデータをつなぎ合わせて「白老流のイヨマンテ」を復元できる可能性はまだ残されている。いな、これまで収集したデータから判断して、それは十分にできるという感触を得ているのもまた事実である。だからこそ、われわれは近い未来「白老流のイヨマンテ」を確立することをめざし、その端緒の行動に位置づけられる儀式を今回執り行ったのである。つまり、木に例えるなら、今回でイヨマンテに不変とされる内容すなわち「幹」というべき部分を体で覚え、これに今後様々な「枝葉」をつけていくこと、すなわち地元・白老における細かいデータを応用していくことによって、この大きな木を未来永劫にわたってそっくり伝承していこうとするのである。
 かつて、伝統を詳しく知る人々が数多く生存していた時代であれば、地方によって、あるいは村や一定の社会集団によって、それぞれイヨマンテの内容にも変差があったことであろう。一つの民族文化を伝承するにしても研究するにしても、このような変差に十分留意していかなければならないことはいうまでもない。だが、現状を鑑みるとき、その変差を全て網羅しながら伝承していくことはきわめて困難である。それゆえに、われわれがめざすように、まずしっかりとした「白老流のイヨマンテ」のマニュアルを作り上げ、それを白老アイヌの伝統として永遠に受け継いでいくということが現代において最も現実的にして最善の方法とはいえないだろうか。
 以上が、「アイヌ文化の伝承」という側面からわれわれの組織がめざして行く大きな目標の一つとするならば、もう一つ記しておきたい目標がある。それは組織の「学術研究部門に」おいてイヨマンテを今後どう扱っていくかにかかわることである。今回のイヨマンテ実施後に様々な反省点やら課題やらを話し合ったが、その結果、次のような二つの将来的構想に向かって努力していくことが確認された。
 その一つは、白老だけに限らず広域の地方を対象にしたイヨマンテの文献・史料・映像資料などを広く収集し、これを整理した上で様々な人々のニーズに応えられるようなデータ提供システムを確立していくことである。データを例えば「資料編」として印刷物にするのもその方法の一つだろうし、コンピューターに入力して直接レザルーション・ディスプレイで公開していくこともすぐれて今日的な方法といえるだろう。
 また、二つには、人類学(文化・社会人類学・民族・民俗学を広く含めた意味で)の視点からこれらのデータに考察・分析を加えてイヨマンテの科学的意義をさらに追究していくことである。その際には、北海道・樺太といったアイヌ文化継承地におけるイヨマンテだけを問題にするのではなく、ソ連邦極東や環北太平洋の北方諸民族に伝承されてきている「熊送り文化」もその対象に加えていくのが望ましい。それには、北方諸民族文化の担い手や研究者も取り込んだ形で議論し合っていけばこの分野の研究はさらに進展するであろう。
 多少、大風呂敷を広げたように思われるかも知れない。それまでに至るにはまだまだ克服すべき課題が山積みされている。だが、今回のイヨマンテを契機に、このような「伝承」と「学術研究」の両方の機能を有する組織、すなわち換言すれば、名実ともに「アイヌ文化情報センター」にふさわしい機能を有する組織に発展させていきたい。そのために、組織にかかわる人間が一丸となって不断の努力を続けていきたいと思うのである。

本書および翌1990年に実施されたイヨマンテの実施報告書は、復刻合本として再刊されており、通信販売も可能です。

伝承事業報告書2〈イヨマンテ-日川善次郎翁の伝承による-〉

  • 2002.11.30発行
  • B5版294ページ
  • 定価 2,625円

 

 


北海道白老郡白老町若草町2丁目3番4号 一般財団法人アイヌ民族博物館

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