アイヌ民族博物館
 
 

トップアイヌ文化入門 イヨマンテV.本祭り >V-22.飾られた熊神の送り

  巻頭
I
イオマンテの準備

II
酒漉し

III
家に祀る神の着物替え

IV
前夜祭

V
本祭り

1
火の神への祈り

2
対訳

3
神窓から木幣を出しヌサに立てる

4
ヌサとそこに祀る神々

5
ヌサの飾り

6
仔熊を遊ばせる

7
肉体と魂の遊離

8
熊の前での祈り

9
対訳

10
団子撒き

11
天に花矢を射る

12
熊の解体(イリ)

13
毛皮をたたむ

14
神窓から家の中に招き入れる

15
神を迎えての祈り

16
対訳

17
頭部の解体と化粧・飾りつけ

18
化粧・飾りつけられた神を安置しての祈り

19
対訳

20
対訳

21
饗宴と男たちの作業

22
飾られた熊神の送り

VI
祖霊祭

VII

終わりに
  奥付
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V-22.飾られた熊神の送り

 踊りも興じてきた夜ふけに、マラトつまり飾られた頭骨を二叉の木・ユサパオニに収め、窓から出してヌサに立てる儀式を行なう。すなわち、神の客人として十分にもてなし、人間の手で化粧を施した熊神をユサパオニに収め、いよいよ家の中から神の国に旅立たせてやるのである。
 それは次のような手順で行われる。ロルンプヤ横に置かれたユサパオニを上座に持ってきて先端(二叉)を炉に向ける。上座に置かれた熊神をそのまま下げる(東側に移動させる)。ユサパオニの二叉に頭骨を差し入れる(頭骨の左右には大きな孔があり、ここに二叉の部分をすっぽりと入れる)。きっちりと固定される位置まで頭骨を下げ、そこに頭骨のあごを載せるようにして枕木・オメウェニを横につけ、両側を縄で縛る。この枕木を白老ではオメウェニの他にノッポクンニ(not pok un ni・あごの下にある木)ともいう。
 オメウェニの両側にはラ(翼状の削りかけ)がついている。このラは今回使用したものは片側3翼になっている。ただし、白老の事例すなわち「熊祭」や『アイヌの足跡』によれば、2翼になっている。ラは左右とも平行した位置につけるのではなく、互い違いにつける。このオメウェニに向かって左側のラにイナウルでくるんだ目玉2個をぶら下げる。右側のラには同じくイナウルでくるんだ性器を吊す。
 さらに、二叉の上端左右にキケチノイェイナウをつける。二叉とキケチノイェイナウが接合する部分は互いに斜めに平たく削られているので、その面を合わせ中央をキケチノイェイナウの帯(削りかけを束ねて縛っておいたイナウル)でまず縛り、さらに上・下をシナ皮のひもで縛って固定させる。
 キケチノイェイナウ2本をつけ終えたら、上座に置かれ、マラトトゥキの上に載せておいたキケウパスイと、同じく上座に置かれ、大きなイタンキに入れたご飯に刺して立ててあるカムイイペパスイを持ってきて、キケウパスイはその2本のキケチノイェイナウのうちの向かって左側に、カムイイペパスイは右側にそれぞれ縛りつける。縛る際は、別のひもを使わず、イナウの条(削りかけを束にして撚った一本の条)でその中央部を縛るのである。
 こうして、すべての作業を完了し、これをロルンプヤから外に出す。ここで、女たちが数人の媼たちを家の中に残し、あとは全員が外に出てロルンプヤのそばにひとかたまりになって待機する。家の中にいる媼たちが「ホイヤーホッ ホイヤーホッ・・・・・・」という掛け声をかけ、その掛け声の中、ユサパオニに収められたマラトすなわち熊神が出される。また、熊神の頭部を炉の方に向け、ユサパオニの脚をロルンプヤに向かせた状態で、若い男たち数人がこれを持ってそのままロルンプヤまで行き外に出す。したがって外に出る場合は脚から出ることになる。外には若い男2人が待っており、ここで窓越しに受け取る。受け取ったままの状態でヌサまで行き、ヌサの中央に立てる。

104  饗宴

 

105 男たちによるチタタ作り

 

106 踊り(リセ)

 

107 女たちの座り唄(ウポポ)

 

108 性器を削りかけに包む

 

109 熊神(マラト)をユサパオニに収める

 

110 ユサパオニのセット関係(上からオメウェニ、マラト、左右の木幣に縛られたキケウパスイとカムイイペパスイ)

 

111 熊神の送り(神窓から出す)

 

112 熊神を見送る

 

114 ヌサに安置された熊神

 

115 旅立った後の早朝のヌサ

 この窓からヌサに熊神が持って行かれ立てられるまでの間、日川翁が家の中のロルンプヤのところに立ってオンカミし、次のような祈り言葉を節をつけて述べている。「タネ テパノ シラオイコタンタ アナンペネ アコカ タネオロワノ ヌササンオッタ アパアンキワ アシカムイネ アナンペネナー」(tane te pakno siraoi kotan ta an=an pe ne akorka tane orowano nusasan or ta arpa=an ki wa asir kamuy ne an=an pe ne na!=今までは白老の村におられましたが、今からヌサにお行きになって新しい神として暮らされるのですよ!)という言葉を神に向かって述べているのである(ただし、これはカムイノミとして正式に録音されていないため、対訳には掲載されていない)。この祈りは、いわば最後の別れ言葉である。
 熊神がヌサに安置されるまでの間、外にいる女性たちが日川キヨ媼の音頭で「カムイホプニナー ホプトゥンケーヘチョイー」という文句を繰り返すウポポ(upopo・唄)を合唱する。
 ユサパオニに安置された熊神に続いて、上座に置かれてある酒の入ったマラトトゥキやご飯の入ったイタンキ、熊肉を入れて作ったカムイオハウ(kamuy ohaw・熊肉の入った鍋物、熊肉の他にイモや山菜を入れて煮上げ、塩で味つけした食べ物)をオッチケに載せてロルンプヤから出し、ヌサの中央下に置く。日川翁によれば、神となって神の国に旅立たれる熊神におみやげとして持って行ってもらうものだといい、最も上等なご馳走なのだという。
 このようにしてヌサに安置した後、女たちのウポポも終わり、女たちはハープ(鼻の下を人差し指で擦る一種の礼儀作法)をする。ヌサの横に寄せて置かれたシントコやパッチをロルンプヤから家の中に入れる。これらを載せるための敷物とした花ゴザもたたんでロルンプヤから入れる。ご飯や酒、オハウを載せたオッチケはしばらくここに置き、後に家の中に入れる。
 外に出た男たち、女たちが全員家の中に入る。一同が着座し、男たちはそこで改めてオンカミしながら「イヤイライケレー」という感謝の言葉を発する。これからまた歓談が続く。本来であれば、この後もウポポあり、語り物あり、踊りあり、というように余興が朝方まで続くという。が、今回は明朝早くにシンヌラッパ(sinnurappa・祖霊祭)を行なうこともあって一応これにて散会となった。
 ただし、男たちは会場のポロチセに寝泊まることとした。チセに泊まって遅くまで歓談し合うことをしなければ神は安心して神の国に行けないといういい伝えが白老にも残されているし、かつてのイヨマンテではみなそのようにして寝泊まったものだというからである。
 深夜、熊神をヌサに収めた若い男2人が外に出て、送った熊神の顔を東側に向き替えさせる。日川翁によればヌサに置かれ深夜まで家の方を向いて人間の歓談・余興を楽しんだ神が、その後、東の空から神の国に本当に旅立って行くものだからその方向に顔の向き替えてやらなければならないという。そうして、神が旅立ってしまった後の翌朝まだ暗いうちに再度ヌサに行き、熊神の顔をまた家の方に向き替えさせるのである。
 夜が明けたら、男たちでヌサに飾られたサッチェ、シト、エム、イカヨ、ヘペアイなどをはずしてカムイプヤから家の中に入れてしまう。ヌサに張った花ゴザも止め串をはずしてたたんで家の中に入れる。

本書および翌1990年に実施されたイヨマンテの実施報告書は、復刻合本として再刊されており、通信販売も可能です。

伝承事業報告書2〈イヨマンテ-日川善次郎翁の伝承による-〉

  • 2002.11.30発行
  • B5版294ページ
  • 定価 2,625円

 

 


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