V-22.飾られた熊神の送り
踊りも興じてきた夜ふけに、マラプトつまり飾られた頭骨を二叉の木・ユクサパオニに収め、窓から出してヌサに立てる儀式を行なう。すなわち、神の客人として十分にもてなし、人間の手で化粧を施した熊神をユクサパオニに収め、いよいよ家の中から神の国に旅立たせてやるのである。
それは次のような手順で行われる。ロルンプヤラ横に置かれたユクサパオニを上座に持ってきて先端(二叉)を炉に向ける。上座に置かれた熊神をそのまま下げる(東側に移動させる)。ユクサパオニの二叉に頭骨を差し入れる(頭骨の左右には大きな孔があり、ここに二叉の部分をすっぽりと入れる)。きっちりと固定される位置まで頭骨を下げ、そこに頭骨のあごを載せるようにして枕木・オクメウェニを横につけ、両側を縄で縛る。この枕木を白老ではオクメウェニの他にノッポクンニ(not pok un ni・あごの下にある木)ともいう。
オクメウェニの両側にはラプ(翼状の削りかけ)がついている。このラプは今回使用したものは片側3翼になっている。ただし、白老の事例すなわち「熊祭」や『アイヌの足跡』によれば、2翼になっている。ラプは左右とも平行した位置につけるのではなく、互い違いにつける。このオクメウェニに向かって左側のラプにイナウルでくるんだ目玉2個をぶら下げる。右側のラプには同じくイナウルでくるんだ性器を吊す。
さらに、二叉の上端左右にキケチノイェイナウをつける。二叉とキケチノイェイナウが接合する部分は互いに斜めに平たく削られているので、その面を合わせ中央をキケチノイェイナウの帯(削りかけを束ねて縛っておいたイナウル)でまず縛り、さらに上・下をシナ皮のひもで縛って固定させる。
キケチノイェイナウ2本をつけ終えたら、上座に置かれ、マラプトトゥキの上に載せておいたキケウシパスイと、同じく上座に置かれ、大きなイタンキに入れたご飯に刺して立ててあるカムイイペパスイを持ってきて、キケウシパスイはその2本のキケチノイェイナウのうちの向かって左側に、カムイイペパスイは右側にそれぞれ縛りつける。縛る際は、別のひもを使わず、イナウの条(削りかけを束にして撚った一本の条)でその中央部を縛るのである。
こうして、すべての作業を完了し、これをロルンプヤラから外に出す。ここで、女たちが数人の媼たちを家の中に残し、あとは全員が外に出てロルンプヤラのそばにひとかたまりになって待機する。家の中にいる媼たちが「ホイヤーホッ ホイヤーホッ・・・・・・」という掛け声をかけ、その掛け声の中、ユクサパオニに収められたマラプトすなわち熊神が出される。また、熊神の頭部を炉の方に向け、ユクサパオニの脚をロルンプヤラに向かせた状態で、若い男たち数人がこれを持ってそのままロルンプヤラまで行き外に出す。したがって外に出る場合は脚から出ることになる。外には若い男2人が待っており、ここで窓越しに受け取る。受け取ったままの状態でヌサまで行き、ヌサの中央に立てる。
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| 104 饗宴 |
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| 105 男たちによるチタタプ作り |
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| 106 踊り(リムセ) |
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| 107 女たちの座り唄(ウポポ) |
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| 108 性器を削りかけに包む |
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| 109 熊神(マラプト)をユクサパオニに収める |
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| 110 ユクサパオニのセット関係(上からオクメウェニ、マラプト、左右の木幣に縛られたキケウシパスイとカムイイペパスイ) |
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| 111 熊神の送り(神窓から出す) |
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112 熊神を見送る
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| 114 ヌサに安置された熊神 |
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| 115 旅立った後の早朝のヌサ |
この窓からヌサに熊神が持って行かれ立てられるまでの間、日川翁が家の中のロルンプヤラのところに立ってオンカミし、次のような祈り言葉を節をつけて述べている。「タネ テパクノ シラオイコタンタ アナンペネ アコロカ タネオロワノ ヌササンオッタ アラパアンキワ アシリカムイネ アナンペネナー」(tane te pakno siraoi kotan ta an=an pe ne akorka tane orowano nusasan or ta arpa=an ki wa asir kamuy ne an=an pe ne na!=今までは白老の村におられましたが、今からヌサにお行きになって新しい神として暮らされるのですよ!)という言葉を神に向かって述べているのである(ただし、これはカムイノミとして正式に録音されていないため、対訳には掲載されていない)。この祈りは、いわば最後の別れ言葉である。
熊神がヌサに安置されるまでの間、外にいる女性たちが日川キヨ媼の音頭で「カムイホプニナー ホプトゥンケーヘチョイー」という文句を繰り返すウポポ(upopo・唄)を合唱する。
ユクサパオニに安置された熊神に続いて、上座に置かれてある酒の入ったマラプトトゥキやご飯の入ったイタンキ、熊肉を入れて作ったカムイオハウ(kamuy ohaw・熊肉の入った鍋物、熊肉の他にイモや山菜を入れて煮上げ、塩で味つけした食べ物)をオッチケに載せてロルンプヤラから出し、ヌサの中央下に置く。日川翁によれば、神となって神の国に旅立たれる熊神におみやげとして持って行ってもらうものだといい、最も上等なご馳走なのだという。
このようにしてヌサに安置した後、女たちのウポポも終わり、女たちはハープ(鼻の下を人差し指で擦る一種の礼儀作法)をする。ヌサの横に寄せて置かれたシントコやパッチをロルンプヤラから家の中に入れる。これらを載せるための敷物とした花ゴザもたたんでロルンプヤラから入れる。ご飯や酒、オハウを載せたオッチケはしばらくここに置き、後に家の中に入れる。
外に出た男たち、女たちが全員家の中に入る。一同が着座し、男たちはそこで改めてオンカミしながら「イヤイライケレー」という感謝の言葉を発する。これからまた歓談が続く。本来であれば、この後もウポポあり、語り物あり、踊りあり、というように余興が朝方まで続くという。が、今回は明朝早くにシンヌラッパ(sinnurappa・祖霊祭)を行なうこともあって一応これにて散会となった。
ただし、男たちは会場のポロチセに寝泊まることとした。チセに泊まって遅くまで歓談し合うことをしなければ神は安心して神の国に行けないといういい伝えが白老にも残されているし、かつてのイヨマンテではみなそのようにして寝泊まったものだというからである。
深夜、熊神をヌサに収めた若い男2人が外に出て、送った熊神の顔を東側に向き替えさせる。日川翁によればヌサに置かれ深夜まで家の方を向いて人間の歓談・余興を楽しんだ神が、その後、東の空から神の国に本当に旅立って行くものだからその方向に顔の向き替えてやらなければならないという。そうして、神が旅立ってしまった後の翌朝まだ暗いうちに再度ヌサに行き、熊神の顔をまた家の方に向き替えさせるのである。
夜が明けたら、男たちでヌサに飾られたサッチェプ、シト、エムシ、イカヨプ、ヘペレアイなどをはずしてカムイプヤラから家の中に入れてしまう。ヌサに張った花ゴザも止め串をはずしてたたんで家の中に入れる。
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本書および翌1990年に実施されたイヨマンテの実施報告書は、復刻合本として再刊されており、通信販売も可能です。
伝承事業報告書2〈イヨマンテ-日川善次郎翁の伝承による-〉
- 2002.11.30発行
- B5版294ページ
- 定価 2,625円
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