アイヌ民族博物館
 

  巻頭
I
イオマンテの準備

II
酒漉し

III
家に祀る神の着物替え

IV
前夜祭

V
本祭り

1
火の神への祈り

2
対訳

3
神窓から木幣を出しヌサに立てる

4
ヌサとそこに祀る神々

5
ヌサの飾り

6
仔熊を遊ばせる

7
肉体と魂の遊離

8
熊の前での祈り

9
対訳

10
団子撒き

11
天に花矢を射る

12
熊の解体(イリ)

13
毛皮をたたむ

14
神窓から家の中に招き入れる

15
神を迎えての祈り

16
対訳

17
頭部の解体と化粧・飾りつけ

18
化粧・飾りつけられた神を安置しての祈り

19
対訳

20
対訳

21
饗宴と男たちの作業

22
飾られた熊神の送り

VI
祖霊祭

VII

終わりに
  奥付
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V-12.熊の解体

 うつぶせになっている熊を起こして仰向けに寝せ替える。ここでマキリ(makiri・小刀)が数丁用意され、これを用いて熊の解体がはじまる。解体をイリ(iri・皮はぎ)という。解体の方法・手順はすべて日川翁の指導にもとづく。マキリはなるべく刃先が鋭角になったものは使わない。先が尖ったマキリだと毛皮を剥ぐ際に毛皮を突き抜いて破いてしまう恐れがあるからである。また、イリに使ったマキリは料理を作る際に決して使用してはならないとされる。
 まず、一番最初に陰部のやや上にマキリを入れる。本当は相当経験を積んだ者がマキリを入れるが、今回は今後の伝承を考え若い者がマキリを入れた。そこから陰茎とこう丸の間を切っていき、胸上付近までまっすぐ切る。あまりマキリを深く入れず、毛皮部分だけを切って行く。
 次に、胸上付近から左前足の平までまっすぐ切り、続いて同じように右前足の平まで切る。それから最初にマキリを入れた位置から左後足の裏まで、次に右後足の裏までまっすぐ切る。日川翁によると、イリの際の前足・後足の処理にあたっては雄熊の場合には前足から行ない、しかも左足から手を施すものだ、という。
 こうして、胴体、手足に直線状の切れ目を入れたら、最初にマキリを入れた位置から再びマキリを入れ、片手で皮を持ち上げるようにしながらもう一方の手でマキリを持ち上半身の皮を剥ぎ取っていく。大人熊ゆえ、皮の下には相当厚い脂肪がついている。なるべく脂肪を皮につけないようにして剥いでいく。相当体が大きい熊なので、男性3~4人ほどで同時にはいでいかなければとうていこの日のうちに処理しきれない。マキリはある程度使用すると切れなくなるので、近くでひんぱんにマキリが研がれる。剥ぐときはマキリの刃の丸くなっている腹の部分を有効に使って、刃物が表側の皮を突き破らないように配慮しながらこの作業を続けていく。

77 毛皮剥ぎ

 

78 毛皮剥ぎ

 

図6 毛皮剥ぎの時の順序とウレ


 上半身の皮をうつぶせ状態のままで剥ぐことができるところまで剥いだら、左右の前足の皮も剥ぐ。ただし、足首と足裏の境目ギリギリのところでマキリを止める。下半身の足も同じようにして左足から剥ぐ。性器は傷つけないようにきれいに残す。
 足の皮を剥いだら、左前足の裏(地面を踏む部分)の部分を取る。足裏の縁ギリギリのところにマキリを入れ左回りにマキリをぐるりと回して足裏の肉をきれいに取る。足裏の肉は相当厚くなっている。足裏の肉の中の骨ギリギリまでマキリを入れて厚く取る。これを取ったらパッチに入れる。足の指の先の骨をナタで切り、爪が皮につけられたままの状態で、前足の甲の皮も剥ぐ。両足が終わったら後ろ足の裏の肉も同様にして取り、さらに指や足の甲の皮も同じく処理される。
 この4本の足の裏の肉をウレハル(ure haru・足の食糧)といい、後でこの儀式に参列したニパ(nispa・立派な大人、とくに男性をさす)に分けられ持ち帰られる。日川翁によると、熊は冬に穴ごもりしている間中このウレをなめて生きながらえるという習性を持つといい、これは神(熊)の尊い食糧とされるのだから分配するときは大事なお客さんやニパ連中以外にやるものではないというのである。
 背中側の皮も剥げるところまで剥ぐが、熊の体が大きく重いために手足にロープを掛けそれを引っ張って体を左右に起こしたりしながら剥ぐ。この段階でおおよそ胴体と手足の皮全体がすっぽり剥がれた状態になる。
 首の皮、口の周辺も剥ぎ、その後は頭をすっぽり剥いでいく。ただし、本来、頭部の皮を全面的に剥ぐことはない。文献をはじめ、白老や他地方の伝承でも胴体・足の解体時には頭を一切処置せずそのまま残し、胴体と足の皮だけをたたんで、その上に頭を載せる。そのまま家の中に入れ、後述するように一定の時間を経た後にこの頭部の一部の皮が剥がれ、そこから肉を取りさらに頭内の脳が取られるのである。したがって、今回のように頭部の皮を全面に渡って剥ぐのは、剥製にしたり毛皮が売買されるようになってからのやり方ではないかと考えられる。事実、日川翁がこれまで手がけた解体はすべて頭を丸剥ぎにしたといい、皮は1坪いくらの単価で皮買商人に売ったという。この場合の1坪とは熊であれば1尺四方、ちなみにカワウソやテンであれば1寸四方が1坪だったという。
 皮剥ぎを終えたら、皮剥ぎの際一番最初にマキリを入れた位置からまっすぐ首にかけて一直線に切る。このとき、内臓にマキリが刺さらないように注意を払う。次に胸ボトケに肉が厚くついているので、そこの肉をそぎ落とす。大体、皮を剥ぐのと同じ要領で左手で厚い肉を引っ張りマキリを動かしてそいでいく。その段階でアバラ骨が露出する。胸の中央のアバラ周辺は比較的柔らかくなっている。柔らかい部分にマキリを入れ周囲をぐるりと切り落とす。このアバラ骨(肉の残りがついている)をきれいなパッチに入れる。

79 解体


 ここで、胸はすっぽりと大きな穴があいた状態になる。下半身側に立ってこの穴の中を見ると、まん中に心臓・その左右に肺臓があり、心臓の下に肝臓、さらに肝臓にくっついて胆のうがある。この胆のうが従来から通称“熊の胆”といわれたものであり、薬として古くから珍重されてきたものである。

80 解体

 

81 胆のう(ニンケ)


 胸の中に血がたまっている。この血をまず先に仔熊をつなぐ棒・ヤシケオクニの上に刺したチェホカケに塗りつける。イタンキ(itanki・椀)に入れてこの棒のところに行き、指で塗りつける。日川翁によると、この際には決して人差し指を使ってはならず、必ず薬指を使うものだという。「人差し指は物事や人間を指図するときに使うものだから、神聖な神を送る儀式の場ではこれを控えなければならないという。また、このイナウに熊神の血を塗ることで祭場が清められこうした丁重な人間の行為を知った他の熊神も以後、その丁重なもてなしを受けたくてどんどん人間の里にやってくるものなのだ」だから、この次も神がきますようにという意味を込めて熊神の血を塗るのだ、というのである。
 この血をイタンキですくいパッチにあけ入れる。さらに、この血をイタンキですくったまま周囲にいる者たちが飲む。この血は昔から滋養強壮のエキスであり、また心臓を患っている場合によく効くのだという。パッチに入れられた血は一旦、ヌサの下の花ゴザの上に置かれる。
 次に頭部をそぎ落とす。まず、あごのつけ根を左右の端から中央にかけてマキリで切る。そこを切ったらあごの真下を切る。あごの真下には骨がなく柔らかくなっている。その柔らかい部分だけをえぐり取る。すると首の付け根側が広くあごの先端側が狭くなった細長い状態の肉のかたまりが取れ、パルンペ(parunpe・舌)がこれについて取れてくる。パルンペを引っ張って根元から切り離してきれいに取る。上体を起こして、首裏の付け根も横に切って頭部全体を胴体から切り離す。ただし、そこは骨があってなかなか容易に切れないが、慣れたものであれば、その部分の中央の奥に柔らかくマキリがすっと刺さるところがあるのでそこにマキリを入れ、ある程度切っておくという。そうして最後には頭部を持ってぐるりとねじると頭部が一気にはずれる。こうして取った頭部は一旦大きなパッチに入れられ、胴体の解体がすべて終わるまでヌサ下に敷かれた花ゴザの中央あたりに置かれる。

82 足肉の切り分け


 続いて、性器を取る。雄熊ゆえ、陰茎とこう丸を取る。まず、周りの脂肪を取り除き、陰茎をぐっとつかんで伸ばしてつけ根をぐるりと切り取る。陰茎とこう丸はイナウルの上に載せ、これも一旦ヌサのゴザの端に置く。その際には陰茎をまん中にし、その左右にこう丸を置く。こう丸は左右を間違わないよう本来ついていた位置通りに置く。

83 性器(陰茎とこう丸)


 今度は首側に回って気管を取る。アバラから上部にかけて気管がある。気管は肉にくっついているので、周りの肉をそぎ落とし、大体30cmほどの長さになったところで一回切り取る。これをヌサの下の花ゴザの上に置かれている頭部の入ったパッチの中に入れる。残りの気管も肉から切り離していく。ここでアバラを両側から開き、気管を下半身方向にぐっと引っ張りながら肉と気管の接合部分や気管にくっついている膜を切り離していく。そうして最後にまたぐっと引っ張ると気管に内臓が一緒にくっついて取り出されてくる。内臓が出てきた部分にも血がたまっており、イタンキですくう。体内についている膜をきれいにとり、腸も丁重に取り出す。
 内臓を取り出したら、楕円形状になった心臓をまず切り離し、タテ・ヨコ十字型に切れ目を入れて4つ割にし、これを平らになるように広げる。ドロッとした血の塊が出てくる。これをパッチに入れる。肝臓にくっついてある胆のうを切り離す。胆のうをニンケ(ninke・胆のう)という。ニンケの上の方を糸で縛り、吊せるようにひもを輪状につける。これを後ほど二枚の小さい板に挟み、乾燥させて薬にする。次に肝臓を取り、続いて大網膜もきれいに取る。これにくっついている胃も切り離す。胃をヨペ(yospe・胃)という。ヨペは、切って中に入っている酒(仕留める際に飲ませた酒)をヌサの端に捨て、お湯で洗ってパッチに入れる。洗ったお湯もヌサの端に捨てる。肺臓・肝臓も心臓や胃と一緒のパッチに入れる。
 腸は別の入れ物に入れる。腸をカンカン(kankan・腸)またはトゥイ(tuy・腸)という。小腸は50~60cmほどの長さに切り、その中に長いヨモギの棒を差入れる。棒を入れた段階で管状の腸はめくれてしまう。それをずっと押し入れていくと管は最後まですっかりめくれる。その端を指で押さえて棒だけを抜き取る。要するに腸の表裏がひっくり返されるのである。全部そうしたらお湯で洗い、入れ物に入れて置く。これを一旦煮上げ、5~6cmの長さに切ってオニガヤに2~3切れずつ通して、イヨマンテの儀式が終わって参列者が帰るときに持たせたり、子供たちに分け与えるという。
 次に前足をつけ根から切り離し、続いて後ろ足を切る。この順序も左前足→右前足→左後足→右後足の順である。切った足をロルンプヤの下の敷物の上に置く。ロルンプヤの下で他の男たちがマキリを持って足の肉を切り分け、パッチに入れる作業を行なう。
 足の処理を終えたら、アバラを取る。アバラの左右のまん中あたりを斜めになっている骨と平行に切ると丁度半分に割れる。半截したら一方をひっくり返して背中を上にする。背中にはロースが厚くついている。背骨に沿ってマキリを入れ、ロースをマキリでえぐるように取って、これをパッチに入れる。もう一方も同じようにして取る。ロースを切った後、アバラにも厚い肉がついているのでそこを剥ぐようにして切り取る。その後はアバラをいくつかに分け背骨と一緒にパッチに入れる。

 

本書および翌1990年に実施されたイヨマンテの実施報告書は、復刻合本として再刊されており、通信販売も可能です。

伝承事業報告書2〈イヨマンテ-日川善次郎翁の伝承による-〉

  • 2002.11.30発行
  • B5版294ページ
  • 定価 2,625円

 

 


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