V-7.肉体と魂の遊離
本来、この引き回した仔熊を本当に送るのであれば、このまま一気にヌサの前に用意されたイヌンパニのところに連れて行き、そこでイヌンパニに仔熊の首を挟んで息を止めるところである。だが、今回は仔熊の送り方を伝承することが目的の一つであり、実際に送る熊は成獣雄熊である。それゆえ、ここでは仔熊を再度オリに返し、後は実際に送る熊(すでに当日の午前中に息を止めておいてある。)をただちにヌサの前に運び、イヌンパニに挟んだ。すでに息を引き取った熊をわざわざイヌンパニに挟んだのは正確な手順を覚えることと、これをビデオカメラやカメラフィルムに完全収録するためである。対象はこのようにすり代わったが、イヌンパニで締めること以下の諸々の儀礼は仔熊の際と基本的に変わりはない。
ヌサの前にトド松の枝葉を急いで敷き、その上にイヌンパニを置く。そこに熊(ただし、すでに息を引き取っている熊)を連れてきて、うつぶせに寝かせる。あごをイヌンパニの上に載せ、さらに両手も万歳するようにイヌンパニの上に置かれる。あごが少し上げられチェホロカケプを一本熊の口にくわえさせる。チェホロカケプの頭はヌサの方(北側)に向けてくわえさせる。ここでイヌンパニのもう一方の木を持ってきて首の上に横に渡す。男たちがその木の左右に3人ずつほど乗って首を締める。ここで、本来であれば熊の息が止#5D3A1Dまり永眠につく。つまり“熊”という肉体から魂のみが遊離するのである。
以上が白老地方の伝統的な仔熊の仕留め方法である。ただし、地方によっては花矢を射った後、仕留めの矢を熊に放ち、それからまだ完全に息が絶えないうちにイヌンパニに挟んで仕留める。日川翁によると、沙流川地方でも仕留矢を射るといい、竹製のルム(rum・矢じり)を熊の左脇の下のアバラとアバラの間をねらって射るというのである。
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| 71 イヌンパ(丸太で首を絞める) |
こうして人間の手によって魂が遊離した熊の頭の前に日川翁と葛野翁の二人がヌサを背に並んで立ち、立ったままオンカミする。このときは、トゥキもイクパスイも持たず、単にオンカミの動作(両手の平を合わせ軽く擦り合わせながら左右にゆっくりと振る)をするだけである。オンカミしながら日川翁が他の祈りよりはずっと短い言葉であるが、「我らが育てた神よ!あなた様は今までこのコタンの人々と一緒に無事に暮らしてきましたが、もう神の国に行かれる歳になられました。コタンの立派な方々と一緒になってあなた様にお休みいただくよう神にもお願いしてありますので、この祈りをようくお聞きいただいてあなた様は神の国に安らかに行かれることでしょう・・・・・・」というような祈りを行なったのである。その祈りの間、熊の首はイヌンパニに挟まれたままで、首の上の方の木にも若者たちが乗ったままである。祈り言葉を言い終え、二回、三回と二人の翁がオンカミした後、イヌンパニの上の方の木をはずして家の壁に立てかけておく。
そこにお湯が入ったパッチを持ってくる。口にくわえられたチェホロカケプをはずし、そのお湯で熊の口内を若者たちが洗浄する。舌が念入りに洗われ、続いて鼻や目の下・額・頬もお湯で洗われる。こうして使い終わった後のお湯はヌサケシに捨てられる。
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本書および翌1990年に実施されたイヨマンテの実施報告書は、復刻合本として再刊されており、通信販売も可能です。
伝承事業報告書2〈イヨマンテ-日川善次郎翁の伝承による-〉
- 2002.11.30発行
- B5版294ページ
- 定価 2,625円
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