V-6.仔熊を遊ばせる(ヘペレシノッ)
昼食後、全員が家の中に着座してオンカミした後、再び外に出る。いよいよ仔熊をオリから出すのである。ヌサの前に古老たちや女性たちが座るシートが急いで敷かれる(本来はゴザを敷く)。まず、古老たちがそこに座る。女性たちは家の前に横一列にずらりと並ぶ。
オリから仔熊が出される。かつて、家の横のヘペレセッで本当に仔熊を飼育してイヨマンテを行なっていた際には、オリの周りは女性たちによってぐるりと囲まれ、「ホイヤ ホー ホイヤ ホー」の掛け声の中で、男たちが2~3人オリの上に上がり、ブドウヅルやシナの皮で撚った太いトゥシ(tus・綱)を仔熊の首と胴体に縛ってオリの上から出し、そのままニカラ(nikar・はしご)を下がらせた。ただし、今回は仔熊に綱をかけることが不慣れであり安全性も考慮して、あらかじめ綱をつけて鉄のオリに入れおき、それを家の入口付近に待機させておいた。したがって今回はかつてのやり方で綱がかけられていないし、仔熊を出す場所もかつてとは違っている。
日川翁によれば、トゥシは普通2本用意しそれを男が1本ずつ持つという。トゥシであらかじめ投げ縄のように輪を作っておき、これを熊の手(前足)を通させて脇の下から首にかけてくぐらせ、ぐっと綱を引っ張る。もう1本も反対側に同様に掛けて両側から引っ張るという。オリの中で輪の中に熊の手(前足)を通させるために、叉木に綱の輪をかけ、熊が前足を遊ばせたスキにそれを通させたという。熊が大きくて綱の輪に前足を通せないときは、単に左右から1本ずつ首だけにかけたものだという。また同翁によると、仔熊に綱をかけることをカムイ トゥシ コレ(kamuy tus kore・神に綱を持たす)といい、これは一度きりでなく、次回用にもとっておくのだという。こういう綱をかける男は30~40代の者が行なっていたともいう。
鉄のオリから出された仔熊は外に出て解放されたかのように元気に動き回る。仔熊の首の上から両側に綱が張られ、男たちが2人ずつそれを引いている(ただし、今回は前記のように安全性を期してここだけは旧来とは違って両方2本の綱だけでなく、バランスをとるためにさらに後方にもう1本のワイヤーロープをつけて引いている)。明け2歳の仔熊(この時点で満1歳)であるが、かなり力があり、この綱を引いて歩くのは意外に難しい。前方にはタクサを1本持った若者が左右に1人ずつ、後方にも同じくタクサを持った1人の男がつく。この3人がゆっくりとタクサを上下に振りながら仔熊を先導して仔熊をつなぐ棒ヤシケオクニに向かう。
日川翁によれば、沙流地方の昔のやり方からいうと、タクサは5人の男によって持たれるという。熊の左右に1本ずつ、前方まん中に1本、後方に2本の計5本のタクサを持った男たちが立つというのである。このうち左右に使ったタクサ(2本)は後にヌサに立てられ、頭骨を収める二叉の木・ユクサパオニの両方に置かれるという。『アイヌの足跡』によれば、このヌサに立てたタクサは「熊神が神の国に帰る際の脚となる」とあるが、日川翁によると、これを熊神が神の国に持って行き、行く先々で魔物や悪いものを払う役割を持つものだという。
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| 66※ 仔熊を遊ばせる |
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| 67※ 仔熊を遊ばせる |
こうして、ヤシケオクニに仔熊が向かうあたりから一気にイヨマンテのクライマックスとなる。家の前に並んだ女たちが、手拍子をとりながら「ホイヤ、ホッー、ホイヤ、ホッー」という掛け声を発する。仔熊は後ろを振り返ったり、また前に行ったりという動作を繰り返す。そのたびに、タクサが仔熊の顔や体に当てられ順路をとり直される。タクサを当てられた仔熊は体を振ったり動かす。それは仔熊がやがてすぐに神の国に行ける喜びを表しているのだというのである。綱を引く者が力を入れて仔熊を進行方向に引っ張って行く。こうして、仔熊を引いて歩くのを「仔熊を遊ばせる」とか「仔熊を踊らせる」という。白老ではアイヌ語でこれを「ヘペレシノッ」(heper sinot・仔熊の遊び)という。
ヤシケオクニにまできて、一旦そこにつながれる。つなぐ綱は仔熊を引いたときの後ろの綱である。ホイヤーホッ、ホイヤーホッの掛け声と手拍子とともに女性たちがここに来る。女性たちがぐるりと仔熊の周りを囲み、リムセを行なう。これがこの地上で「熊」という動物の形になっている神に見せる最後の踊りである。当財団で伝承する踊りの一つであるリムセがイヨマンテリムセと呼ばれるのも、こうしてイヨマンテの際に舞われる所為からである。
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| 68 仔熊繋ぎ棒につながれた仔熊 |
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| 69 手拍子と歌で仔熊を送る女たち |
踊りの輪の中には前方の2本の綱を持ったままの男たち、タクサを持った男たちが立っている。その間もタクサが仔熊に当てられ興奮を煽る。仔熊は体をいっぱいにゆすっていっそう興奮する。
再びつないだ棒から綱が解かれ、今度はヌサの前を通って古老たちの方に歩かせる。ポンヌサの横には古老たちや媼たちが仔熊を見ながら座っている。綱を引く者、タクサを持つ者の位置関係は先のものと同じである。仔熊はロルンプヤラの下を通って古老たちの手前まで行き、そこでターンしてヌサの前を通ってヤシケオクニまで来る。ヤシケオクニを廻って再び同じように歩く。その間、踊っていた女たちが移動し、古老たちの後ろにつく。そこでもまた掛け声と手拍子が続けられる。掛け声はやがて歌・ウポポに変わり、日川媼の音頭で「カムイ ホープニナー ホクトゥンケー ヘーチョイ」(kamuy hopuni na hokutunke hecoy・神が旅立ちますよ、さあ頑張ってヘーチョイ)という歌を女性たちが繰り返す。ただし、これは白老の歌ではなく道東に伝承される熊送りの際の歌である。
そうこうしているうち、古老たちに弓と花矢・ヘペレアイが渡される。古老たちの近くに3回目に来た際に、古老たちによって、花矢・ヘペレアイが仔熊に射られる。刺さらないとはいえ、弓で射られるスピードは相当なものであるから、仔熊はもがきうなる。そうした仔熊の動作もまた、古老たちによると仔熊が再び神の姿になって神の国の親元に帰ることのできる喜びを表しているのだ、というのである。ちなみにこうした状況につき、『アイヌの足跡』には、「飛び交う赤い布切れをつけた花矢の中で、仔熊は次第に怒りの表情を表し、右にうなり、左に吠え、踊り廻るようにして首綱から逃れようとする。熊が綱にかみつくと、棒の先にイナウを結びつけたもの(タクサイナウのこと)を持った若者が、イナウを熊の口先にさし出してこれを噛ませ、綱を噛み切らせないように駆け廻る・・・・。熊がうなり、花矢がとび、メノコが唄い、小さな子供たちまで熊と一緒に踊っている。アイヌ達は熊の怒り狂うのを“喜んで踊っている”と信じているので“熊が踊っている”とか“この熊の踊りはなんと上手なんだろう”などとほめたたえる」と記されている。
仔熊に当たって地面に落ちた矢はタクサを持った男たちがタクサで払い除ける。それを見物している人々が競うようにして拾う。拾った者はこれを家に持ち帰ってもよいとされている。
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| 70 花矢を射る古老たち |