IV-4.饗宴-歌・踊り・語りもの-
その後、家の中では飲食が共になされ、楽しい踊りや歌、語りものが演じられることとなる。最初に女性たちと若い男たちが「ホイヤ ホイヤ」の掛け声で家の中いっぱいに輪を作り、リムセ(rimse・踊り)が舞われた。次に日川翁自ら持参の弓を持ちクーリムセ(ku rimse・弓の踊り)を行なった。ちなみに同翁がいうには、この踊りは白老のものではないけれど、ぜひ当財団の若い職員に覚えておいて欲しいということであった。
続いて、日川媼の「ウタレ ホプンパレ ワー リムセレーヤン」(utar hopunpare wa rimse yan=みんな・立ち上がって・踊り・なさいな!)という踊りの前歌の音頭で阿寒地方のリムセが舞われた。阿寒から来た女性たち数人による、着物の両袖の裾をつかんでそのまま両手を広げてき胸で合わせ、鳥が羽ばたくような動作を繰り返すこの踊りを、当財団女性たちも見よう見まねで踊っている。
次に、当財団が伝承するエムシリムセ(emusu rimse・刀の踊り)を若い男性職員二名で行ない、その後は織田媼によって静内地方に伝承されているユーカラ(yukar・英雄詞曲)が語られた(ただし、5~6分ほどで途中で止めている)。その次は同媼の語りを覚えたという若手言語学者奥田統己氏と葛野翁がそれぞれ途中までであるがユーカラを演じた。さらにまた、アイヌ民族学者藤村久和氏もこれに加わり、道東の伝承者から教えられたという神揺(日高・胆振地方でいうカムイユーカラ・kamuy yukar)を同氏が流調に語った。
楽しい語りものが30~40分ほど続いた後、しばらく歓談し合い、最後に白老と阿寒地方のそれぞれのウポポ(upopo・座り歌、シントコ=sintoko・行器のフタをたたきながら合唱する歌)が歌われ、この宴が終了した。その時間はまだ夜の10時あたりであったが、時は昭和天皇の崩御にともなう自粛の折りでもあることから、本日の宴は一応これで終了となった。
どの古老・古媼たちに聞いても、かつての伝統時代であれば、深夜までとうとうとこの宴が続けられていたという。その楽しいひとときを、家の隣のオリに入って翌日に天の神の国へ旅立つ熊に聞かせるのだという。
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| 56 祈りの後の余興(踊り) |
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| 57 弓の舞 |
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| 58 ユーカラを演ずる媼 |
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本書および翌1990年に実施されたイヨマンテの実施報告書は、復刻合本として再刊されており、通信販売も可能です。
伝承事業報告書2〈イヨマンテ-日川善次郎翁の伝承による-〉
- 2002.11.30発行
- B5版294ページ
- 定価 2,625円
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