序
ご周知のように、熊送り─イヨマンテ─は、わたくしども民族に伝わる神聖な儀式の一つでありますが、数ある儀式の中でも伝統生活の英知が集約された最高のものとされております。しかしながら、残念なことにこの儀式を正確に伝承し、古来通りの形でこれを執り行うことのできる古老は今や数少なくなってきております。
民族が民族として存続していくためには文化的財産を保ち続けていかなければならないことは自明のことであります。ましてや、規模・内容とも最高の儀式といわれる熊送りの儀式を、民族不朽の伝統として次代を担う若者が受け継いでいくことは、民族の自立と文化の健全な発展を目指していくわたくしども多くの同族に課せられた急を要するテーマの一つといえるでしょう。
そこで、わたくしどもは、昨年(1989年)1月に、数少ない貴重な古老の一人であられる日川善次郎翁に祭主になっていただき、この儀式を同翁の指導にもとづいて実施いたしました。その第一の目的は、祖先伝来の伝統を決して絶やすことなくしっかりと受け継いでいくために、若い世代の者たち自らが身をもって学ぶことにあります。この経験を基礎に、今後若い者たちに白老の伝統をもっと調査研究させて、「白老流の熊送り」を復元させ、これを誇りある白老のアイヌ文化として未来永劫にわたって伝承保存させていきたいものと考えております。さらに組織の将来展望に立脚してもう一ついうならば、この儀式を契機に熊送りに関するあらゆる文献、映像や写真などの視聴覚資料を広く収集・整理し、「アイヌ文化情報センター」として万人の利用に資することができるような体制作りも行って参りたいと考えております。
このような目的のもと、若い世代が伝承していく際の手引きとすることに加え、すぐれた伝承者・日川善次郎翁の伝統知識をより多くの人々に知っていただくことと、熊送り─イヨマンテ─に対する正しい認識がなされることを念願して、このたび儀式の仔細を網羅した本書を刊行することにいたしました。本書がそのような意味で広く活用されるならばこの上ない喜びであります。祭主・日川翁をはじめ、この儀式に参加していただき多大なご協力を賜った静内町の葛野辰次郎翁、織田ステ媼、日川翁夫人のキヨ媼とご親族の方々、地元白老の野本亀雄氏や古媼の方々、その他多くの関係者に対しこの場を借りて厚くお礼申し上げます。
平成2年2月1日
財団法人白老民族文化伝承保存財団
会 長 山 丸 武 雄 |