アイヌ民族博物館
 
アイヌの儀礼具
 

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「アイヌの儀礼具~イクパスイ~を中心に~」
期間 2002.7,1〜9.30
場所 博物館特別展示室
ごあいさつ

祈り[イノミ]

火の神への祈り
イクパスイ[捧酒箸]
イナウ[木幣]
  • チェホロカケプイナウ[逆さ削りの木幣]
  • キケパラセイナウ[削りかけがパラッとした木幣]
  • キケチノイェイナウ[削りかけを撚った木幣]
  • チセコロイナウ[家神に捧げる木幣]
  • イナウル[削りかけ]
  • ストゥイナウ[棒状の木幣]
  • ハシナウ[枝をもつ木幣]
  • ヘペレアイ[花矢]
漆器・宝物
  • シントコ[行器]
  • エムシ[儀刀]
  • イコロ[宝刀]
  • イカヨプ[矢筒]
  • トゥキ[杯]
  • オッチケ[膳]
  • シネオッチケ[一膳]
  • イタンキ[木椀]
  • エトゥヌプ[片口]・エチウシ[湯桶]
  • オンタル[樽]
  • パッチ[木鉢]
その他
  • サパウンペ[幣冠]
  • チタラペ[ござ]
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イクパスイ[捧酒箸]

関連書籍

ポロチセの建築儀礼

 1997年、ポロチセの建設に伴って実施された20回におよぶ儀式の報告書。
 豊富なカラー図版とともに巻末に儀礼具や儀礼の進行、用語解説,索引等を付けました。

2000.3.31発行。A4判196頁(内カラー100頁)。
ISBN 978-4-903925-13-4


アイヌのイクパスイ

 昭和17年に日本で刊行されたフォスコ・マライニ著『Gli ikubashui degli Ainu』を邦訳したもの。

1994.12.1発行。B5判176頁。箱入上製本。
ISBN 978-4-903925-22-6

 アイヌは神や先祖にお神酒を捧げるとき、イクパスイ(イク[酒を飲む]・パスイ[箸])という独特の儀礼具を使います。箸先を酒杯につけ、神や祖先の祭壇に向けて垂らすと、一滴の酒が神の国には一樽になって届き、神々も人間たちと同じように酒を酌み交わすものと考えました。
 同時に、イクパスイは人間の祈り言葉を神へ伝える役目ももっています。そのためパルンペ[舌]といって先端に三角形やヘの字型の小さな切り込みがつけられる場合があります。

 イクパスイは大祭はもちろん、日常の個人的な祈りにも用いましたし、外出先で携帯していないときでも、その場で木を削って簡単なものを作りました。どのような状況でも祈りには欠かせない儀礼具のひとつです。

 材質については1、2種類に限定されるということはなく、イタヤカエデ、ノリウツギ、イチイ、マユミなど比較的加工しやすい何種類かの材が候補にあげられます。まっすぐな木を割って作るのが普通ですが、湾曲した木やねじれた木、股木など、変わった形の自然木をそのまま利用して作られたものもあります。

 イクパスイの一種で、キケウシパスイ[削り掛けつき捧酒箸]と呼ばれる儀礼具もあります。

変形を利用したイクパスイ


イクパスイ 児玉資料の観察

 イクパスイ[捧酒箸]は、儀式のたびに繰り返し使用され、子孫に受け継がれる性格のものです。古色をおびた資料が多いのはそのためですが、人為的に着色したと思われる資料も少なくありません。漆が塗られている資料もあり、これらは本州から漆職人が来て塗ったのではないかといわれています。

 

 通常上面には彫刻が施されています。動物や器物などを具象的に表現したものもありますが、コレクション全体からするとほんの一部に過ぎず、大部分は草花文、縄目の結束文、本州の武家社会にみられる家紋を取り込んだものなど多種多様で、抽象的な文様もかなりの割合を占めます。
 資料下面には記号的な所有印が刻印されていることがあります。これはキケウシパスイ[削り掛けつき捧酒箸]にみられる祖印[=家紋]とは明確に区別され、自分の家の所有物であることを示すための目印です。祖印はイクパスイには刻まれませんが、文様の中に祖印がデザイン化されて取り込まれているものもあります。

 資料上面の前後に刻まれた刻印は、祖印や所有印とは無関係ですが、やはり家系や地域によってある程度の共通性が認められます。

 児玉コレクションでは、299点中50点に収集地、収集年月日などが記入されています。

 

 

キケウシパスイ[削り掛けつき捧酒箸]

 主にヤナギ、ミズキなどの白木で作られ、一部の地域を除いて文様を施すことはありません。資料の上面1~4ヵ所に削りかけがあるのでキケ[削りかけ]・ウシ[~がつく]・パスイ[捧酒箸]と呼ばれます。削り掛けの数や形は家系によって異なります。
 キケウシパスイはイクパスイの一種であると同時にイナウ[木幣]の一種でもあります。大祭に際してとくに重要な祈りに用いられ、イナウ同様儀式が終わると火にくべたり祭壇に納めて神への捧げ物としました。ですから原則として儀式のたびに新しく作ります。

 資料上面または下面に祖印が刻まれていて、それは家系の男性によって代々受け継がれてきたものだといわれています。ですから製作者が勝手に変えることはありませんが、移住や婿入りなど様々な事情によって形状が変化したり、複合体の祖印が形成されることがあります。

 上面前後の刻印、パルンペ[舌]についてはイクパスイと同様ですが、キケウシパスイに限ってパルンペが削りかけ状に作り出されたものがあります。また、本来他人に譲渡することを嫌う資料である為、譲渡を前提として製作された資料には故意にパルンペを刻まなかった可能性も考えておかなければなりません。

 児玉コレクションでは、23点中19点に収集地、製作者などが記入されています。

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キケウシパスイの各部分の名前

 

 

「使い古された」キケウシパスイ

 文献などによれば、キケウシパスイは儀式の度に作られ、儀式が終わると火の神に捧げ焼失させるので、繰り返し使用することはないといわれています。だとすれば「使い古された」キケウシパスイなどあるはずがないのですが、展示資料のなかには削りかけが欠け、古色を帯びた資料が含まれています。
 たとえば児玉資料No. 60007(下写真)は新しいものではなく、また資料側面に21カ所の「刻み」があります。聞き取り調査の事例(沙流地方)では、キケウシパスイを上座の天井に挿して保存したという報告があり、また別の伝承では「刻み」は神の国に送ったクマの頭数を表しているといいます。これをあわせ考えると、この資料は室内に保存され、最低でも21回の儀式で使用された資料だと考えることができます。

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※収集地は「荷負(沙流)」。削りかけ部分は失われている。上部左に見えるのが21カ所の「刻み」。  

 

イクパスイの使用法に関する古文献

蒲生氏郷記 1582
 「氏郷の前に召して酒を給はりければ、盃の上にを一前のせて酒を受け、其を持ち立、色々の舞をまい箸にて髭をかきあげてぞ呑みける」

蝦夷談筆記 1710 松宮観山
 「酒を呑せ候に盃は嫌候由にて、かさ(小椀)にて呑せ候。かさにを一本のせ酒をつぎ出す。蝦夷人先づ手をすり拝し、にて盃の上をすり廻し其後にて酒を地にそゝぎ、又左の肩の後へそゝぎ、又盃の上をすり廻し、扨にて鼻の下の髭をあげ、酒を呑候。」

北海随筆 1739 坂倉源次郎
 「目見済で領主より酒をたまひ、又米をもたまはる。小屋へ帰りて祝儀あり。たまものの酒を中座に置き円座して女は夫の後に座し、蝦夷共相対して手を摺て祝言あり、女酒□を執て酒をもる。主人先づ呑で客えすゝめ、主客の禮容有り。髭揚とて笏のごとく成物を酒もりたる碗の上におきてうけとりわたしあり。互に手を摺りてつゝしめる體なり。左の手にて碗を取り、右の手に髭揚をもち、酒をもりたる碗を撫でまわし髭揚に酒をつけて左右後え酒をふりかけ、口を閉てとなへごとをし祀おはりて髭揚げにて鼻の下の髭をあげ、酒を呑。碗一はいの酒なれば二口、三口に呑み。本邦の濃茶を呑む容體にて急度慎しみぶりよし。碗をすゝりてしづくまでも呑ほし、又一ぱい受て髭揚をのせて主人え返し、幾度も此礼儀くづれず、酒たけなわに及びて歌をうたひ上瑠璃をかたる。」

松前志 1781 松前広長
 「先づ杯を受るには、杯上にイクハシウと云ものを一文字に引渡し、其箸を以て山海火の三神に酒をさゝげ、次に己が先祖に捧げ祭て、匙頭にて人中の髭をあぐ。左手にて杯を傾け酒をのみ、是を半にして其杯を次坐のものに贈る。」

東遊記 1784 平秩東作
 「酒を呑禮いたりてうやうやし。髭上と云物あり。是を盃の上へおく。取上るにもおくにも禮あり。」

蝦夷風俗人情之沙汰 1790 最上徳内
 「おむしやの事(おむしやといふ事)(中略)大勢皆此禮式畢りて後、有司より給る酒を大杯に十分につぎ給はれば、盃臺ともに受て再拝し、イクバシといふ平直なるへらを持て、天地、海山、火水の神々に造酒を手向、再拝しながら何か口の中に唱事をして後、へらにて鼻の下の髭をすくひ上げて其酒を飲むなり。」

夷諺俗話 1793 串原正峯
 「ヲムシヤの事(中略)其時タカサラにツ°ーキをのせ、イクバシを添出す。タカサラは盃臺、ツ°ーキは盃、尤汁椀を用ゆ。イクハシといふは粘飯箆のこときものなり。是は髭あけなり、[木村と予両人亭主にて盃を始め、先官士木村氏少し呑で上座の乙名へさす。其時予も少し呑て其次座の乙名へさす。尤盃をさすに右のツ°ーキに酒を一盃つがせてさし出せば、盃臺とも請取りて、アゝ/\と礼をなし、イクハシを右の手に持ち、イクハシの先へ盃の内の酒をつけ、天地四方海山火水の神へ手向、其イクハシを以て鼻の下の髭をすくい上て飲なり。尤いか程大□にても二口にて呑仕廻なり。夫より又酒をつぎ、此方へ戻すなり。(後略)」

蝦夷日記 1798 武藤勘蔵 ソウヤにて
 「濁酒を呑む式、両人づゝ向ひ合、二、三十人づゝ幾側も並ぶ。尤砂地へ其儘にて座す。やがてメノコ樽にある酒を汁つぎへ汲こみ持出し酌をすると、向ふの夷人ばかりへ一寸会釈の體ありて、イクバシ髭上げの事をいふ。を盃大きなる飯椀なり。の上に載おるを右の手にとり、左に椀を持上げ、前後三カ所へイクバシを以て供ふる體をなす。是は海神、山の神及神酒をふるまふ主へ備る意なり。」

渡島筆記 1808 最上徳内
 「(前略)酒を行ふものまづ盃酒を譯人の前にさしをく。譯人盃を執、酒をくませ、上にイクハシをかふ。イクハシは木を削て造る箆の形なるものなり。いさゝか嘗て酒を行ふものに授く。酒を行ふ者これを長が前におく。長正面に向て坐したるまゝにて揖し、譯人をみて更に一揖す。譯人両手を出して答禮。おわりて右手イクハシを執左手杯を執、イクハシを盃上に舞すこと十数反、舞しやみて酒少許をイクハシにつけてそそぐ、また盃上を舞しそそぐこと或は二或は三、畢りて正面を視、聊低頭し拝する意ありて、イクハシにて口上の髭をおさへて初てのむ。飲こと半にして又イクハシを舞すこと数反、また飲。前後二口に飲終ることなり。のみ終りて次なる者に授く。(中略)酒をまつるを何の神をまつる。二たびするは天地山川か父母などにたむくる心なりやと疑ふものあり。しからず。かならず先づ川、トウレンカムイを祭。次に火神をまつる。貴人より賜る酒をもて私に父母など祭らむは義にもどるとの意なり。火神も又其酒を給ふ所の人の宅の火神を祭る。己か家醸をひらけば則まづ家の火神になり、父母をもまつる。(後略)」

協和私役 1856 窪田子蔵
 「自箱館至石狩 一(中略)此日七夕なれば例により夷人に酒を飲ましむ、見物せらるべしとて夷十人を呼び、五人づゝ対踞し、大酒筒二つ共に朱漆なり。一は清酒を入る。一は濁酒なり。先づ清酒を斟む。夷婦酌を取る。夷人一列五人共に杯をとり、酒を受け、前の五人に献ず。其様甚慇懃なり。凡酒を酌む先づを是は平なる木、長さ八、九寸、幅一寸許の薄板彫刻あるもの是を杯上に置く。人に献ずるに其の把る所を前人の右になる様に置き直し、両人とも左手に一杯を取りあひ、右手にて前人の左手を撫で、撫でては髭毛を分くる様にいたゝ゛き、かくする事三度にして前人杯を受け、左手に杯を取り、右手にを取り、先きを酒に涵て揚る事三度にして、彼にて上髭を上げ是を飲む。杯は椀なり。黒漆又は朱漆朱の金蒔絵なり。椀大なれば二口、三口一度に飲み、飲止ては禮をなし、又飲む事二、三口、飲止ては禮を為す。飲畢りて又前人に献ず。其様前の如し。次に濁酒を飲む。其式前の如し。又清酒をのむ。大抵四、五椀飲畢れども酔たる様なし。」

蝦夷訓蒙図彙 1860? 松浦武四郎
 「イクサケンベ飲酒の式 先一番に火の神に手向、次に台杯の上にイクパシを置て出し置、客互に礼畢りて酒を受け、イクパシの先にてすくゐ、是を山海の神に手向、後其イクパシにて又鼻の下の髭をあげ、二口半にて呑、礼おはりて対せし人えさす。酒はほかい行器より耳盥えうつし、柄杓にて汲入るゝを礼とす。其酌は家婦必ず是をつとむるなり。」

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