イクパスイの使用法に関する古文献
蒲生氏郷記 1582
「氏郷の前に召して酒を給はりければ、盃の上に箸を一前のせて酒を受け、其箸を持ち立、色々の舞をまい箸にて髭をかきあげてぞ呑みける」
蝦夷談筆記 1710 松宮観山
「酒を呑せ候に盃は嫌候由にて、かさ(小椀)にて呑せ候。かさに箸を一本のせ酒をつぎ出す。蝦夷人先づ手をすり拝し、箸にて盃の上をすり廻し其後箸にて酒を地にそゝぎ、又左の肩の後へそゝぎ、又盃の上をすり廻し、扨箸にて鼻の下の髭をあげ、酒を呑候。」
北海随筆 1739 坂倉源次郎
「目見済で領主より酒をたまひ、又米をもたまはる。小屋へ帰りて祝儀あり。たまものの酒を中座に置き円座して女は夫の後に座し、蝦夷共相対して手を摺て祝言あり、女酒□を執て酒をもる。主人先づ呑で客えすゝめ、主客の禮容有り。髭揚とて笏のごとく成物を酒もりたる碗の上におきてうけとりわたしあり。互に手を摺りてつゝしめる體なり。左の手にて碗を取り、右の手に髭揚をもち、酒をもりたる碗を撫でまわし髭揚に酒をつけて左右後え酒をふりかけ、口を閉てとなへごとをし祀おはりて髭揚げにて鼻の下の髭をあげ、酒を呑。碗一はいの酒なれば二口、三口に呑み。本邦の濃茶を呑む容體にて急度慎しみぶりよし。碗をすゝりてしづくまでも呑ほし、又一ぱい受て髭揚をのせて主人え返し、幾度も此礼儀くづれず、酒たけなわに及びて歌をうたひ上瑠璃をかたる。」
松前志 1781 松前広長
「先づ杯を受るには、杯上にイクハシウと云ものを一文字に引渡し、其箸を以て山海火の三神に酒をさゝげ、次に己が先祖に捧げ祭て、匙頭にて人中の髭をあぐ。左手にて杯を傾け酒をのみ、是を半にして其杯を次坐のものに贈る。」
東遊記 1784 平秩東作
「酒を呑禮いたりてうやうやし。髭上と云物あり。是を盃の上へおく。取上るにもおくにも禮あり。」
蝦夷風俗人情之沙汰 1790 最上徳内
「おむしやの事(おむしやといふ事)(中略)大勢皆此禮式畢りて後、有司より給る酒を大杯に十分につぎ給はれば、盃臺ともに受て再拝し、イクバシといふ平直なるへらを持て、天地、海山、火水の神々に造酒を手向、再拝しながら何か口の中に唱事をして後、へらにて鼻の下の髭をすくひ上げて其酒を飲むなり。」
夷諺俗話 1793 串原正峯
「ヲムシヤの事(中略)其時タカサラにツ°ーキをのせ、イクバシを添出す。タカサラは盃臺、ツ°ーキは盃、尤汁椀を用ゆ。イクハシといふは粘飯箆のこときものなり。是は髭あけなり、[木村と予両人亭主にて盃を始め、先官士木村氏少し呑で上座の乙名へさす。其時予も少し呑て其次座の乙名へさす。尤盃をさすに右のツ°ーキに酒を一盃つがせてさし出せば、盃臺とも請取りて、アゝ/\と礼をなし、イクハシを右の手に持ち、イクハシの先へ盃の内の酒をつけ、天地四方海山火水の神へ手向、其イクハシを以て鼻の下の髭をすくい上て飲なり。尤いか程大□にても二口にて呑仕廻なり。夫より又酒をつぎ、此方へ戻すなり。(後略)」
蝦夷日記 1798 武藤勘蔵 ソウヤにて
「濁酒を呑む式、両人づゝ向ひ合、二、三十人づゝ幾側も並ぶ。尤砂地へ其儘にて座す。やがてメノコ樽にある酒を汁つぎへ汲こみ持出し酌をすると、向ふの夷人ばかりへ一寸会釈の體ありて、イクバシ髭上げの事をいふ。を盃大きなる飯椀なり。の上に載おるを右の手にとり、左に椀を持上げ、前後三カ所へイクバシを以て供ふる體をなす。是は海神、山の神及神酒をふるまふ主へ備る意なり。」
渡島筆記 1808 最上徳内
「(前略)酒を行ふものまづ盃酒を譯人の前にさしをく。譯人盃を執、酒をくませ、上にイクハシをかふ。イクハシは木を削て造る箆の形なるものなり。いさゝか嘗て酒を行ふものに授く。酒を行ふ者これを長が前におく。長正面に向て坐したるまゝにて揖し、譯人をみて更に一揖す。譯人両手を出して答禮。おわりて右手イクハシを執左手杯を執、イクハシを盃上に舞すこと十数反、舞しやみて酒少許をイクハシにつけてそそぐ、また盃上を舞しそそぐこと或は二或は三、畢りて正面を視、聊低頭し拝する意ありて、イクハシにて口上の髭をおさへて初てのむ。飲こと半にして又イクハシを舞すこと数反、また飲。前後二口に飲終ることなり。のみ終りて次なる者に授く。(中略)酒をまつるを何の神をまつる。二たびするは天地山川か父母などにたむくる心なりやと疑ふものあり。しからず。かならず先づ川、トウレンカムイを祭。次に火神をまつる。貴人より賜る酒をもて私に父母など祭らむは義にもどるとの意なり。火神も又其酒を給ふ所の人の宅の火神を祭る。己か家醸をひらけば則まづ家の火神になり、父母をもまつる。(後略)」
協和私役 1856 窪田子蔵
「自箱館至石狩 一(中略)此日七夕なれば例により夷人に酒を飲ましむ、見物せらるべしとて夷十人を呼び、五人づゝ対踞し、大酒筒二つ共に朱漆なり。一は清酒を入る。一は濁酒なり。先づ清酒を斟む。夷婦酌を取る。夷人一列五人共に杯をとり、酒を受け、前の五人に献ず。其様甚慇懃なり。凡酒を酌む先づ箆を是は平なる木、長さ八、九寸、幅一寸許の薄板彫刻あるもの是を杯上に置く。人に献ずるに其箆の把る所を前人の右になる様に置き直し、両人とも左手に一杯を取りあひ、右手にて前人の左手を撫で、撫でては髭毛を分くる様にいたゝ゛き、かくする事三度にして前人杯を受け、左手に杯を取り、右手に箆を取り、箆先きを酒に涵て揚る事三度にして、彼箆にて上髭を上げ是を飲む。杯は椀なり。黒漆又は朱漆朱の金蒔絵なり。椀大なれば二口、三口一度に飲み、飲止ては禮をなし、又飲む事二、三口、飲止ては禮を為す。飲畢りて又前人に献ず。其様前の如し。次に濁酒を飲む。其式前の如し。又清酒をのむ。大抵四、五椀飲畢れども酔たる様なし。」
蝦夷訓蒙図彙 1860? 松浦武四郎
「イクサケンベ飲酒の式 先一番に火の神に手向、次に台杯の上にイクパシを置て出し置、客互に礼畢りて酒を受け、イクパシの先にてすくゐ、是を山海の神に手向、後其イクパシにて又鼻の下の髭をあげ、二口半にて呑、礼おはりて対せし人えさす。酒はほかい行器より耳盥えうつし、柄杓にて汲入るゝを礼とす。其酌は家婦必ず是をつとむるなり。」 |